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優勝レポート 玉利


押忍、玉利です。
12年間の空手人生で初めての優勝レポートです。

【動機】
最近、道場内でも型の試合出場者が増えており興味を持っていました。勝ち負けよりも試合までにひとつの型をやりきる時間を持ってみたく出場を決意しました。一般35歳以上型の部、型は最破です。

【稽古】
2ヶ月の時間がありましたが甘かったです。半年くらい欲しい気持ちでした。
やればやるほど完成度が高まると思っていましたが、実際にはやるほどにバランスは崩れ、課題と修正だらけ。まるで積木を積み上げては崩してやり直すような作業でした。

【トーナメント表】
試合1週間前にトーナメント表が発表されました。3回勝てば優勝です。最初は勝ち負けなんて関係なく。。と思っていたものの負けられない想いも湧き上がり目標を「最低でも決勝進出」に設定しました。

【試合】
組手とは違う緊張感。組手と違い決められた動作、対戦相手はいるものの自分との戦い。いつもと違う雰囲気が、一層緊張感を際立たせます。初戦はまさに緊張感との戦いといった様相でしたが3-0で勝利を収めました。二回戦は思いがけず不戦勝でした。結果「最低でも決勝進出」を果たします。

【決勝】
初戦が終わり緊張感も落ち着きました。ここまで1時間も経過しておらず早い進行に戸惑います。決勝の対戦相手は女性の方。女性の型の巧さ、しなやかさは眼を見張るものがあり勝てる気がしません。
そんな中であっと言う間に試合は終わり最後の判定。「白一」、「赤一、二、赤!」主審は砂川先生でした頭の中は冷静で「あ、砂川先生の判定は自分だったんだ」と分かりました。型の第一人者であり、自分の師範でもある砂川先生からの旗を貰っての優勝。これ以上ない形の優勝です。

【祝勝会】
大会も15時過ぎには終わり帰路につきますが砂川師範、泉師範代も合流しわざわざ私の住む柴又まで来てくれプチ祝勝会を開催してくれました。今日は飲みたい日でもありました、さすが先生方は私の喉の渇き具合まで分かっていらっしゃる。。

【終わりに】
試合後の稽古で型を行いましたが、違う型でも力の入れ方、強弱が理解できるようになりました。型をやり込んだひとつの効能かも知れません。みなさんにも是非、型の試合をお勧めします。間違えても大丈夫、また崩して積み上げれば良いのだから。


第14期ユース・ジャパン強化合宿に参加して 湯島道場 4級 岩ア凜大


 2018年11月16日〜11月18日に山梨県・冨士緑の休暇村で行われた、第14期ユース・ジャパン強化合宿が行われ、自分もその合宿に参加しました。今合宿に参加をしたきっかけは、ドリームフェスティバルにあります。初戦、型は「突きの型」でその型には自信があった自分は今までで一番の型をしたつもりでしたが、結果は0−5でストレートで負けてしまいました。自分に勝った相手は決勝まで進んで優勝していました。それが悔しくて今合宿に参加しようと思いました。久美子師範にお願いして、推薦させていただきました。合宿初日、支部からは一人の推薦だったので行きのバスの中は期待と不安でいっぱいでした。部屋に着いた時もこれから先が心配でした。

 まず最初に選手全員体育館に行き、整列をしました。その後、塚本師範から館内での過ごし方や、三好副代表の言葉を頂き、準備運動をした後、全員で基本稽古をした後にそれぞれの稽古場所へ行きました。稽古場に着いたら、早速稽古が始まりました。自分は型ユースで行きました。まず、平安1から平安5の復習、その後、突きの型、安三、最破、撃塞大、撃塞小をしてこの日の稽古は終わりました。部屋に戻ると、皆、アットホームな感じでむかえてくれて、稽古の感想などを話ししました。お風呂でしっかり疲れをとりました。夕食はステーキと豪華で、その日の疲れが吹き飛びました。食後はJFKOの大会や、全日本の大会の決勝戦を観て、王者のテクニックを学びました。初日は2日目に備えて早めに寝ました。

 2日目の午前中の稽古では、三戦、転掌、征遠鎮、臥竜、十八、観空、五十四歩と初日と合わせ、ほぼ全ての型をやりました。お昼はいなり寿司とうどんでした。午後の稽古はまずグラウンドに集められ、ランニングから始まりました。そして、クラス別のタイムレースを行いました。皆、最初から前に出ようと思うので1周でかなり体力を使いました。その後、午前中の稽古で教わった型の復習をしました。2日目の夕食はすき焼きでした。食後には緑代表の講話がありました。2日目が終わり、残すところ後1日になりました。

 最終日の稽古では初日、2日目に教わった型の総復習をしました。稽古が終わると、体育館に集められ、解散式を行いました。解散式の後は、支度をしてバスに乗りました。帰りのバスでは行きとは違い、もう終わってしまうのかという気持ちが強かったです。

 今合宿では、技術とともに精神面でも強くなったと思います。キツイ姿勢でキープしたり、稽古の終わりには、うで立てやけん立てをしました。そのキツイ中でも部屋ではとても楽しい時間を過ごせました。この合宿をきっかけに大会ではいい結果を出し、ドリームフェスティバルの初戦の相手に勝つことを最大の目標として頑張りたいです。押忍



第5回女子合宿 湯島道場  砂川久美子


 早いもので女子合宿が開催されて5回目。女子合宿は2年に1度の開催です。
この合宿は有名ではない。しかし実のある合宿。楽しい合宿。ゆる〜い合宿(笑)。
2007年11月に伊師師範と行くことになっていた白河セミナー、伊師師範が世界大会後に急逝した為キャンセルに。伊師師範との縁で滝嶋先生との交流があり、1年後、単体で呼んで頂きました。それが2008年12月の第1回女子合宿開催でした。

地方にはよくあることだと思いますが、福島支部でも各道場に1名から2名しか女子は所属しておらず、福島支部の女子部同士の交流と私たち他支部女子との交流を目的として、そこから空手の素晴らしさを再確認、そして更に頑張ってもらう糧にして欲しいという滝嶋先生の企画でスタートしたのがこの『女子合宿』です。

過去4回は白河道場主催でしたが、今年は初めて東京お茶の水支部(以下、茶水支部)主催で行いました。と、言っても私は声掛けのみで実行は泉先生。企画からスケジュール、車の手配、会計まで全て行ってくれました。大感謝です。

3月17日茶水支部から車3台で出発!運転手は中村・井村・押見の心強いメンバー。参加メンバーの顔ぶれに心躍りながら各車に乗車し、目的地へ。その間いろんなハプニングはありましたが、それも旅の思い出。全員無事に到着。現地で妹の美佳と再会した途端、私に詰め寄って来たのが忘れられません。なんと!違う合宿場所の情報を流していたそうです。てへっ。

早速道着に着替えて稽古へ。男子も使うはずだったようですが、女子部が先に場所を占領したため、部屋でやったとかやらなかったとか。ま、何事も臨機応変に!です。私の稽古では普段意識していることを。まずは腹から声を出す。体を動かしていることだけに満足しない。攻撃場所を明確に。引手を使うなど。当たり前のことなのですが、女子ということで道場では注意されなかったり、女子をどう扱っていいかわからないといったことも耳にしますので、私が出来る範囲のことは伝えていこうかということで稽古中はちょぴり?!厳しくなります。空手をやっている以上、巧くて強くて美しい空手家になって欲しいのです。稽古や試合で化粧をして見た目をきれいにすることを考えるより、空手の動きで魅了できるように。空手着を着ている間はビシッとキリッと。空手着を脱いだら女性らしくオシャレを楽しむ。オンとオフをしっかりと。そして約1時間半の稽古終了。

晩御飯後は滝嶋先生と泉先生の稽古。滝嶋先生たっての希望により?!福島女子と若い帯は泉先生へ。滝嶋先生の稽古では身体の使い方、基本稽古の本来の動きはこうではないかなど、私が今後考えていかないといけないことばかり。稽古に引き込まれます。何でもそうだと思いますが、文字で見るより体験しないとわからないことだらけ。この女子合宿の魅力の一つです。今までは女子の全ての指導を私が担当していましたが、今回は茶水支部主催ということもあり実行者の泉先生が、スケジュールにうまく組み込んでくれました。その泉先生もクラスを持ち、福島女子と若い帯を担当。第5回女子合宿からナイスな試みが加わり、今後の開催も楽しみでしょうがありません。今回参加できなかったメンバーの方もいましたので、2年後は女子部を参加させる、という口実で先生たちもぜひ参加してください。

 女子合宿のメインイベント?!夜の懇談会。毎回、笑いが絶えない会になります。今回主人公になったのは昨年68歳で昇段審査に挑戦し見事黒帯になった福島支部の道子さん。今までは少し控えめな感じでしたが、今回はガンガンしゃべるし、面白いしで終始道子さんメインでした。ふと気づいたことが、、、私の母と同い年、それを考えると空手をやっていること自体凄いし、黒帯取得したなんて半端ないですね。

 翌朝、早朝稽古は緑帯以上のみ参加可。
型をメインに。平安1から5を少しずつ説明しながら通して、初めて行うであろう型をいくつか。「見て真似る」。すぐさま全てを理解することは難しいですが、真似をすることから始めよう。この日の初めてを忘れずに。続いて茶帯には緑帯を教えてもらい、黒帯は征遠鎮・観空・五十四歩など。「教えることは教わること」上級の帯になったら下の帯に教えられるように、黒帯は指導ができるように。そして教えていることからこちらが学ぶことが多くあります。それは教えてみないとわからないこと。

 朝食後は合宿ラスト稽古。男子は滝嶋先生、女子部は恵美先生。
恵美先生からは三日月蹴りを重点的に左の攻撃を中心とした動きを教えていただきました。技は教えてもらったことを繰り返し練習して身につけないと意味がないので各自支部道場に持ち帰って2年後には恵美先生に三日月蹴りを決められたらバッチリですね(笑)。

 全日程が終了して、恵美先生のスネローをモライタイ男子が登場。そして容赦ないローキックを放つ恵美先生。笑顔でポイントは筋肉のない膝上を狙うことです!とにっこり。

この合宿では福島支部・茶水支部の他から数支部の女子部が参加してくれました。 こちらから声を掛けたり、HPを見て連絡をいただいたりと参加者がバラエティーにとんでいます。参加者の全ての支部長から許可を得ています。次回は2年後です。女子合宿に参加させたいなぁという先生方、参加したいなぁと興味のある方、ぜひお声掛けください。

最後になりましたが、女子合宿に必要不可欠なのは男子の存在です。滝嶋先生をはじめ、泉先生、そしていつも快くフォローしてくれる白河男子、茶水男子には感謝しかありません。いつも本当にありがとうございます。 そして参加してくれる女子部のみなさん、ありがとうございます。許可してくれました各支部の先生方にも感謝です。

そしていつまでもこの女子合宿がほのぼの続けられますように。押忍



「合宿手配の反省点と言い訳」 小石川道場 泉充弘


2年に1度開催されている知る人ぞ知る女子合宿。
今年で第1回が開催されてからちょうど10年で第5回目の開催となり、今まで福島支部の滝嶋先生が全ての計画を担ってましたが、今回からは東京お茶の水支部(以下茶水支部)の担当となりました。(今回は+αとして送迎も必要のため男性組も参加。)

その担当を任されることになり、合宿所は静岡県沼津市に決定。
沼津市と言っても市街地からとても離れた場所で、廃校になった小学校を合宿などで利用出来るようになった施設です。

まずは予約から。
インターネット受付やFAXでの受付かと思いきや、まさかの電話受付。
食費、宿泊費、多目的ホール利用費も全て口頭の説明のみ。
合計の金額を確認しても、
「当日明細だすから〜」と一蹴される。
一部屋何人ぐらいですか?と聞いても、
「2階を自由に使えばいいから。1人で1部屋は掃除大変だからやめてね〜(笑)」
て、て、適当。いや、適当ではない。寛容なんだ。と心に決めて合宿所のおじさんを信じることにしました。

本当に予約されているか心配しましたが、数日前に確認の電話があり一安心。
と思いきや料金を最終確認したところ、「あれ。料金が違ってるんですけど。」
「うん。前のは間違い。宜しく〜。」

もう私の中では今回の目的は空手を学ぶというよりも合宿所のおじさんを一目見たいということに方向転換。

合宿当日は少し前の真冬の気温から一気に気温が上がり、
外出日和により高速は大渋滞。
しかも静岡県内に入ってから出た各カーナビのルートは事前に調べたgoogle先生とNAVITIMEのルートではなく、有料道路を使わない一般道。。。

そっちのほうが早いのか遅いのかよくわからずナビ通りのルートへ。
1時間余裕をみていたにも関わらず到着したのは、予定より1時間遅れ。
こうなれば、矛先は私へ向けられる。
本当に出発時間は合っていたのか。
途中の買い出しの店が高かったために他にお店はなかったか。など。
そんなの地元でないし正直知りません(笑)
事前に調べたスーパーは合宿所への道から大きく外れるため却下。
もしそのスーパーを利用していたら、通り道にスーパーあったじゃない。と絶対に突っ込まれていたことは間違いない。
市街地から離れた田舎にお金を落とし社会貢献をしたと思っていただきましょう。

突っ込みが恐ろしい人達が参加しているのもこの合宿の魅力ですが、最近の世論の流れからいうと完全にパワハラ。

そして念願のおじさんと対面して私の中の適当な性格が覚醒する。
「もうみんな子供じゃないし、稽古やご飯の時間だけ大体決まってるんだから、細かいことはもういいじゃな〜い。僕も初めての場所でどこに何があるか。何もわからないし、稽古してお酒飲んで交流出来たら完璧じゃないか。世の中思った通りにいかないのが現実です。」と思いっきり開き直ってみる。

合宿内容については割愛させていただきますが、車酔いした人がいたぐらいで稽古も怪我なく終了し、合宿は無事終了。帰りももちろん渋滞となり予定時刻を大幅に遅れて到着。

今回の合宿で学んだ反省点としては、空手の猛者といえど女性ですので、男性のように多少臭くても平気。というわけにはいかないので洗濯機の有無のチェックとやっぱり仲良し同士、気のあった人達が同じ部屋がいいよね。ということで部屋の割り振りを考えておくことでした。次は茶水の単独合宿で上手く行くように計画を練って、次回の女子合宿に備えようと思います。



6年越しの女子合宿 湯島道場  内藤 直帆


三月十七日、十八日の二日間、沼津市ゆめとびら舟山にて女子合宿が開催されました。白河道場をはじめ、福島支部の方、そして将口さんや長谷川さんなど世界で活躍されている選手の方、全国各地から多くの方が参加して下さいました。

私達、東京お茶の水支部の車は予期せぬ交通渋滞に巻き込まれてしまいましたが、何とか白河道場との集合地点に到着することができました。途中、サービスエリアでの軽食を済ませ、合宿施設へ向かいました。今回の合宿施設である沼津市ゆめとびら舟山は、廃校になった小学校を改築して造られたものであるため、施設内の至る所に小学校当時の面影を感じることができます。体育館へとつながる渡り廊下、奥へ奥へと続くいくつもの教室、下駄箱。私自身も小学生の頃の何だか懐かしい気持ちに浸りながら、合宿をスタートさせました。

道着に着替え、砂川先生の黙想が体育館全体に大きく響き渡るとともに第1部の稽古が始まりました。基本、移動、型、組手。1つひとつ丁寧に、そして指の先まで細かいところにまで意識を集中させることの大切さ、そして大変さを改めて感じるとともに、私も前で稽古している先輩方の背中から多くのことを学ばせて頂きました。


夕食後の第2部はクラス分けをし、上級の帯は滝嶋先生、福島の方とその他の帯は泉先生から指導を頂きました。泉先生クラスでは組手で使える実践的な技をメインに行いました。単に突き、蹴りを出すだけではなく、体の構造を理解しておくことでよりパワーのある技になることを学びました。

そして皆さんお待ちかねの懇談会。砂川先生の激レアTシャツをめぐるじゃんけん大会。とても盛り上がりました。そんな中、突如として登場したお客様もいましたが、福島の方の大活躍もあり、大事には至りませんでした。その方はかなりの臭いを発するそうなので、直接手では触れずにペットボトルに一旦、入って頂き、男子部屋へと移動していきました。
移動先である男子部屋ではさぞ可愛がってもらったことと思います。
他の道場の方ともお話をすることができ、とても楽しい会となりました。

2日目は将口さんからの特別稽古があり、主に三日月蹴りと奥内股蹴りを行いました。三日月蹴りとは以前から名前としては聞いたことがありましたが実際には初めてでした。今後も稽古のなかで意識的に取り組み技として磨いていければと思います。
最後に皆で集合写真を撮りました。施設の方のご厚意でその写真は、施設内に置いてあるアルバムに載せて下さるそうです。また機会があれば写真を見に立ち寄りたいと思います。
この2日間で多くのことを学ぶことができたとともに、改めて空手の面白さを感じることができました。滝嶋先生をはじめ、この度は本当にお世話になりました。ありがとうございました。押忍。 


2017年11月栃木県錬成大会にて「初副審」  1級 宮本拓
11月に栃木県で行われた関東錬成大会で上級の帯ということで、初めて副審をやらせていただくことになりました。

審判講習や練習なしのぶっつけ本番ということで緊張しましたが、自分がこちらだ、と思った方に自信を持って旗を上げるように!ということだったので、真剣に見て判断して務めようと臨みました。

私は主に小学校高学年から中学校低学年のコートを担当しました。

最初は型競技からでしたが、小中学生でも上級になると型も上手く、選手によって特徴があって判断が難しいことが多くありました。私はお茶の水道場で普段習っている型を基準に判断をしました。

続いて組手の部では、将来の日本代表に選ばれることにもなりそうな才能溢れる選手も多く含まれるトーナメントで、勝ち上がって上の試合になるにつれ、終わった後、一緒に審判を務められた先生方でも「なかなかない」というような判定も僅差の白熱した試合の連続するコートでの審判デビューとなりました。

印象深いことが2つあります。

最終延長戦でほぼ、引き分けで赤の選手がやや優勢という試合。私は普通に見て優勢な赤に上げましたが、他の4審判は全て白の判定。
「副審!」
このコートで主審を務められていた塚本徳臣師範に呼び出されます。

塚本師範といえば言わずと知れた空手界のレジェンドです。
審判のコート入場の際、順番がたまたま「主審塚本、副審宮本、誰々、誰々」と呼び出されましたが、このように正式にアナウンスされる名前が塚本師範の次だというだけで、読売ジャイアンツでいうならばスタメン発表で「4番センター松井、5番ファースト宮本」とアナウンスされたかの陶酔を感じる瞬間です。
師範は松井で、私は文京区の草野球チーム「殿様野球クラブ」のファーストというくらいの雲の上の存在であるわけです。
ただ、そんなことを考えられたのはもちろん全ての試合が終わった後、帰りの車の段階です。

そんな師範から1人呼び出された副審デビューは、旗を椅子に置くのも忘れて師範の元へ駆け寄ります。
「いま何でみんなが白に上げたかわからなかったでしょう。最終延長のときは注意1が減点の扱いになる。だから赤がやや優勢でも皆は白に上げた。覚えておいて。」
なるほど、確かに赤の選手には注意1が出ていました。しかし減点1ではないと思い、私は勝敗の判断から度外視していたのです。

もう一つは決勝戦で優勢に進めていた選手が、注意1が入った状態で終了間際に確か顔面殴打だったと思うのですが、ヘッドガードを叩かないと鳴らないプラスチック音、また相手の頭が揺れたのがはっきり見えたので、とっさに反則の旗を振りました。
5審判でやっているので3人が勝ちを上げた方が勝ちとなりますし、3人が反則と判定すれば反則となります。
ただ、白熱した試合でスピードも乗った状態での一瞬の出来事であり、また重要な最終局面であったため、旗を振るのを少し躊躇したような曖昧な形になってしまったのです。
そこを主審にどっちなんだ?と促されるような形で、「あ、反則です」というような形で旗を振り直し、他の2人の副審も旗を振っていたので、反則が認められ減点1が入り、結局優勢に見えた選手が判定負けをする結果に。
試合後「副審!!」とまた師範に呼び出され、また駆け寄ります。
「いまのをセコンドが見たら主審が反則を促したように見えてしまう。しかも自分は反則を取る気は無かった、副審3人が反則としたから反則を取った。取るなら取る、ハッキリと意思表示しないとおかしな誤解を生むようになる。」
確かにその通りです。一生懸命に努力してきて必死で試合に臨んでいる選手たちです。
特に判定が割れる時などは、審判初心者であれ、自分の判定1つが勝敗を決めてしまう局面も出てくるのです。自分の判定に責任が持てないと選手に失礼になります。

全試合が終わった後、審判デビューに対する労いの言葉を頂き、ようやく肩の荷が下りました。
何度も呼び出されはしましたが、こうして思い返してみればその都度きちんと説明していただき、指導をして頂いたのです。
あいつは初心者だからまあ、という感じで流してしまう方も多いかもしれない中、やはり憧れの空手家は、子供たちの試合1試合1試合にも全て真剣に向き合っているんだと、1日を通じて肌で感じ、審判デビューが塚本師範のコートで本当に良かったと思いました。

しかしながら、朝から夕方までここまで神経を集中させて空手の試合を見続けたことはかつてなかったので、大変疲れました。

審判でなくても普段から勝敗を判定してみて、一緒に観戦している道場生と、どうして自分はそう判断したのか、などと普段から議論したりするのも審判をする練習になります。
実際に塚本師範のコートでは、審判が交代するごとに、そのターンの判定が分かれたり難しかったりした試合の確認、反省をやっていました。

自身が試合に出る場合、どうすれば自分に優勢の旗が上がるようになるかということを考えられるようにもなり、試合運びの技術の向上にも役立つようになると思います。
上級に限らず審判目線で試合を見るということは、修行に役立つことになるのではないかと思います。



「子ども祭・演武について」 小学6年 5級 岩崎(たつへんの「さき」)凜大


ぼくは、湯島の子ども祭の少年部演武に出ました。毎年出ている祭りとはいえ、全日本空手道選手権大会の少年少女演武に出演しているので、去年よりも良い演武にしないといけないプレッシャーがかかって、とてもきん張していました。そんな中、去年よりも良い演武ができたのでよかったです。



演武では、全日本の少年部演武に出たメンバー3人と「突きの型」をやりました。今までで最高の仕上がりになりました。



ぼくは、全日本の少年部演武に出たことで、去年よりみんなを引っぱっていけました。来年からは、もう中学生になって少年部ではなくなるけれども、少年部を引っぱっていきたいです。


「天梅会秋涼子供会 少年部演武」 小学6年生 8級 川田有珠


台風21号の接近により大雨が降る中、2017年10月22日(日) ゆしまの郷の秋涼子供会で、少年部演武を行いました。

東京お茶の水支部の 年中〜中1の子供が参加し、基本、型、柔軟、移動の順番で披露しました。

私は、型〈平安 その2〉と 移動 をしました。
移動の内容は、全日本空手道選手権大会少年部演武の移動と同じでした。私は全日本での演武に出場していなかったのに、そのメンバーに突然加えられ、ゆしまの郷での演武をやることになってしまいました。練習時間があまりなかったこともあり、とても難しく感じましたが、少しでもうまく演武ができるように、精一杯頑張りました。メンバーみんなで日頃の練習の成果を出しきり、たくさんのあたたかい拍手をもらうことができて、とても嬉しかったです。

演武の後には、お菓子釣りや射的、抽選会などで、大いに盛り上がり、楽しく充実した一日になりました。






「2017年少年少女演武までのレポート」 鳥越カンナ 2017.10.28


私にとって昨年に続き二度目の参加でした。部門は柔軟、移動稽古、型、基本稽古の四つです。オーディションは7/23に行われ本番までの三か月間、練習しました。

柔軟は昨年からあこがれていた部門でしたが、体が硬く出られませんでした。まずストレッチを始め、続けていくと体が少しずつ柔らかくなり始めました。

やっぱり続けることは大事なことだと思いました。


移動稽古はキモト道場と合同となったため、合わせる機会が限られていました。神奈川にある道場まで練習をすることもしました。ほかの道場の稽古の様子が知れることができたことはよい経験でした。二日前、前日、当日の三日間の練習では、みんなの息がだんだん合ってくることを感じました。



毎回練習時の動画を撮りそれを見ながらチェックして修正しました。あまりうまくいかずbxbxまで不安な気持ちでした。また、演武での技を自分たちで考えて決めました。みんなができる技を決めることは苦労しました。直前になって体形を変えたことで、さらに不安にもなりましたが、見栄えが良いものになったと思えました。キモト道場の子たちとも仲良くなれたのでよかったです。


型では平安1、3と4、5の二つのグループに分かれました。私は平安1、3のグループのリーダーになりました。グループの中には小さい子もいてまとまるのが大変でした。でも、一人ひとりが頑張ってくれたので、本番ではいい演技ができたと思いました。



三日間連続練習では早朝から夜遅くまでだったのですごく長かったです。本番はすごく緊張しました。でも私はたくさん練習したんだと思うと自信がつきました。演武に参加して新しいことも覚えて 、またほかの道場の子たちと関われたのですごくいい経験になったと思います。

演武で学んだことをいかしてこれからの稽古をよりよくしていきたいです。


「世田谷杉並支部錬成大会レポート」 篠崎さやか 10級


始めに、この度杉並・世田谷支部錬成大会に出場、緒戦勝利で準優勝を頂きました。応援して頂いた皆様ありがとうございました!

出場するきっかけになったのは、翔司さんの一言。4月のお花見に向かう途中、いつかは試合に出たいけれど中々踏ん切りが付かなかったことを話すと「出ちゃいなよ〜」とその場にいらっしゃった久美子先生と話し、とんとん拍子に進み試合に出ることに。(笑)

5月に入りトーナメント表が発表されるまで試合に出る実感も沸かず、ふわふわと稽古に出続け、試合前々日の稽古で久しぶりに計量して唖然。申請した体重をはるかに上回る数字を見て焦り、前日に水を抜き何とかクリア。 計量で焦る時点で負けが決まっていたなと反省。

試合では緊張で頭が真っ白になり、アドバイス頂いた直線系の技やラスト30秒の膝蹴りラッシュは出来なかったものの、上段回し蹴りがポコッと入り1本。上島さん始めセコンドの「下段!」「効いてる!」の声が心強かったです。

鳥海さん、二口君の準優勝をパワーに望んだ決勝戦は、とにかく押される結果になりましたが試合に出ないと味わえない緊張感や、接近戦を経験をすることが出来ました。

継続は力なり。これからも一層稽古に精進していきますので、どうぞよろしくお願い致します!


「世田谷杉並錬成レポート」 T.T


「お前はまだ俺を知らない、だが俺はお前を知っている、そして今も見ているぞ」

私は試合前にやらない事が二つあります。
一つは名前入り道着を着ない事、もう一つは直前まで帯を結ばない事。
対戦相手に情報を与えないためですが、役に立ったことはありません。

前置きが長くなりました。こんにちはT.Tです。
空手を愛し、空手に愛された男。銀行口座の暗証番号は2580です。
今回一年振りに試合に出場しました。アバラを折ったり、療養のため休職したりと時間がかかりましたが、なんとか回復しました。

試合に臨むにあたりいくつか新しい事にチャレンジしました。
ひとつは減量。軽量級で体格差を考えないのは良いですね。
そして間合い。いつも間合いを取りたくなりズルズルさがるので接近戦に切り替えてみました。

初戦は同い年、同じ体格の茶帯。トリッキーな動きも無いようで、接近戦を意識して前に前に、そして短い突きを繰り出しました。
手応えはあったものの延長戦へと入りました。実は延長戦は初めてです。
スタミナには自信はありませんが、少しは稽古してきたつもりです。
このとき不思議な感覚が。。延長戦が始まったとたん意識が飛びました。
いわゆる「ゾーン」でしょうか。時間が分からなくなり、会場は静かに、だけど応援はハッキリ聞こえます。特に上島さんには耳のそばで怒鳴られてる勢いです。
気付いたときは残り25秒でした。
いつもなら「早く終わらないかな」とキツさが先に立ちますが「勝ちたい!」と強く想いが湧き上がり結果、初戦を突破しました。

二回戦も同い年、同じ体格の黄帯でしたが、ここはスタミナ切れと心の弱さが出て敗戦となりました。また稽古をし出直してきます。
応援してくださった皆さん本当にありがとうございました!

と、終わらないのがお茶の水道場。恒例の打ち上げに繰り出します。
砂川先生の長野移動を遅らせ、地獄のあずさ号送りとし、れみなもダウンし上島さんがセコンドにつく状態を尻目に私と泉さんはキャサリンの店に延長戦を挑みに行きました。
夜の部 無差別級はスタミナ切れも、心が折れる事もありませんでしたが結果は引分けといったところでしょうか。ここも稽古し直します。

次回6月18日 川崎錬成大会「T.T4級 涙の訳とは?!」をお送りします。


「親子空手教室」 哲生母 野口久美子


3月12日、本郷台中学校の本郷台コリンピックで親子空手教室があり、いつもは道場に送り迎えのみのパパママも参加しました。
砂川先生不在のため、泉先生指導のもと1時間みっちりと稽古(?!)…体をほぐす体操から基本稽古、移動稽古、親子ペアで拳の力比べ、ミットを使って突きと蹴りの練習と1分間のスパーリング、最後には1分間のバランス&肘立てと盛りだくさんの内容で、ふだん運動不足気味の体にはかなり堪えました。

また、今回初めてわが子の突きや蹴りをミットで受けて「こんなに力が強くなってたんだ」と驚きました。
基本稽古では、簡単にできると思っていた下段払いで手の動きがついていけなかったり、蹴りで足が上がらなかったりと体力と能力の低下(?)を思い知るハメに。
さらに1分間のミットスパーリングは、子供たちの試合時間を体験しましょうということだったので「えっ…けっこうキツいし、長い〜」としみじみ実感。これからは試合での応援の仕方が変わるかも、と思った瞬間でした。

泉先生のニコニコ笑顔と内容のキツさのギャップに引き込まれ、体力的には多少キツかったものの、気合で声を出したりミットに突き・蹴りでかなりのストレス解消ができ、また、新しい発見の連続だった1時間でした。 

「二つあった楽しかったこと」
小学3年生 野口哲生

親子カラテ教室で楽しかったことは、二つあります。
一つ目はミットです。理由は、ふだんはいっしょにやらないいっぱん部の人たちにアドバイスをしてもらったり、いっしょにできたからです。
二つ目は、きほんげいこです。理由は、いつもけいこでやっているけれど、親といっしょにやるきかいがなかったからです。ぼくは親といっしょにカラテができてとてもうれしかったです。来年も親子カラテ教室に出て、家族でいっしょにカラテをやりたいです。


「親子空手体験感想」 亮司・隼介の母 坂場佳菜子


人生初の空手体験でしたが、とても楽しい時間でした。特に亮司にミットを持たせて回り蹴りしたのは胸がスカッとしました。(笑)

 泉先生が動物の動きなどを例えに用いて指導してくださるので、ド素人の私ですがイメージしやすくわかりやすかったです。日ごろ子どもに「もっとガンバレ」と気安く声をかけていましたが、一分間動き続けるしんどさや、(ミットを持って)蹴られるこわさ、型を覚える大変さを感じることが出来ました。ありがとうございました。押忍


「優勝しました!」 前橋和成10級


私は総本部錬成大会で優勝しました。
空手を始めた理由は、中学3年生なのに未だに勉強中に遊んだりめんどくさいことから逃げたりしてしまう自分とおさらばしたいと思ったのと、町で不良に絡まれた時にゲガをしたくないからです。言い換えれば、心身ともに強くなりたかったからです。

最初に道場に行った時は同世代の人がいなくて焦りました。普段大人の人と喋ることがないのでなるべく端っこにいることにしました。稽古はそんなに辛くないと思ったけれど、次の日背中が痛くてやっぱり辛いと思いました。
何回か通って組手を始めてやった時、みんなが手加減してくれたので全く痛みを感じませんでした。優しさを感じるのと同時に自分の弱さを知りました。砂川先生と戦った時は何も出来なすぎて悲しくなり、手加減されないくらいは強くなりたいと思いました。

だんだん上達してきて進級審査が受けられるようになりました。普段感じない緊張感を感じることが出来て良い経験になったと思います。なんとか合格する事が出来たけれどビデオを見てまだまだ下手だと思いました。そのあと打ち上げがあり人生で初めてお酒が飲みたいと思いました。あと5年は頑張って我慢しようと思います。


そして、なんだかんだで大会に出ることになりました。当日、試合に出ないのに応援に来てくれる人がたくさんいて有難く感じ、負けられないとも思いました。1回戦目は相手が中1だったけどとても強く稽古でやってきた事が何も出来ずに終わりました。勝てたけれども実力は相手の方が上で自分の課題がたくさん見つかりました。2回戦目は、試合が始まる前に相手が手のひらに人を書きまくる位緊張していたのと体重が20kg違った事が勝因で勝つ事が出来ました。相手が2人しかいなかったけれどとても嬉しかったです。

自分と同じ世代の強い人の試合を見ました。その人達にも負けないくらい強くなりたいと思いました。なのでもっと頑張って稽古に励もうと思います。
応援して頂いた方々や砂川先生にとても感謝しています。ありがとうございました。

押忍


「ハプニングありの初出場初優勝」総本部錬成大会 二口龍之介10級


去年の今頃の大学受験が終わった時、私の体重は97キロに膨れ上がっていました。
【受験直前】、という言い訳を掲げて自分を丸め込み、碌に運動をすることも無く冬眠前の熊のように食べて脂肪を蓄えていったからです。特に冬場のラーメンが美味しく、何度も食べていました。
受験が終わり、大台の100キロに届きそうな自分の体重に焦りを感じた私は、「痩せなきゃなー」と、口にこぼすようになりました。それを聞いた私の母が、当時盛んにCMに出ていたライザップに行かせてやると冗談交じりに言ってきました。母がどれだけ本気だったのかは知りませんが、それから日々の会話の中にその話が度々出るようになりました。そしてこの話しが、私がお茶の水道場を訪れる切っ掛けでした。

私の母は首を痛めており、理学療法士の多田先生の所に通っていました。そこでの会話の中で私の体重の話しが持ち上がり、ライザップのような高い所に行くよりも、同じ多田先生の元に通っている砂川先生の開いている新極真空手の道場に通った方が良いという話しになりました。ずっと続けてきた勉強が終わったので、心機一転新しいことを始めるのも良いと思いました。そんなこんなが、私がお茶の水道場に入門しようとした経緯でした。
いきなり入門するのではなく、水曜日のボディートレーニングクラスでの服装で、夕方頃に1時間ほど基本稽古の内容や、ミッド打ちなどを砂川先生に丁寧に教えて頂きました。お忙しい中、時間を割いて頂いて本当に有り難かったです。久しぶりの運動でしたので身体の疲れは確かにあったのですが、朝に冷水で顔を洗ったようなスッキリとした感じに全身がなり、「運動は大切なんだなぁ」と思いました。

お茶の水道場には、5月頃に入門させて頂きました。稽古には水曜日と金曜日の週2回行くことにしました。当初の目的である体重を落としたかったことと、体力が無かったことから、水曜日のボディートレーニングクラスには必ず出ようと思いました。なので、木曜日の型&基本クラスにも出た方が良いとは思っていたのですが、水曜日の筋トレが毎回効きすぎていて、道場に行く気にはとてもなれませんでした。その代わりに、1日置いた金曜日の稽古には出ようと思いました。しかし、これはトンデモなく浅はかな考えであったと、今、知りました。道場のホームページを見ながらこの文章を書いていたのですが、道場紹介の時間割りの所をよく見たら、金曜日の一般クラスの稽古時間は他の曜日の一般クラスよりも30分長い1時間30分とのことでした。私は思わず「ん?あれ?」と、二度見してしまいました。数字で見たら1番キツそうなところに、全くの素人が素知らぬ顔で毎回出ていたのかと思うと、とても恥ずかしくなりました。下調べや準備をおざなりにしてしまうのが私の悪い癖なのですが、それが発揮された結果でした。しかし、この悪い癖が後に私を苦しめるのと同時に、助けにもなりました。
道場の皆さんはとても親切な方ばかりで、よく私に話しかけてきて頂いたり、色々教えて頂いたりしました。そして、私がとてつもない粗相をしてしまった時に、責めずに寛容な御心で対処して頂き、感謝してもし足りません。

総本部交流試合に出場することは去年の夏頃から聞いていました。なので、特に慌てることなく試合に臨むことが出来ました。また、大会が近づいてきた頃に、私が出場するクラスは私を含めて3人しかいないと知り、少し安堵しました。対戦表は、私ともう一人の選手がまず当たり、勝った方がシードの人と決勝戦という形でした。「2回、勝てば優勝」ということに欲が湧き、稽古にも身が入りました。
そして、ついに私はデビュー戦を迎えました。

試合開始の1時間前、私は道に迷っていました。
試合が行われたのは新宿コスミックスポーツセンターだったのですが、私は試合会場を奥にある新宿スポーツセンターと間違えてしまっていました。私は小学生の頃に学校行事で新宿コスミックスポーツセンターに来たことがあり、場所を憶えていたのですが、この前日に私の母と居合わせていた母の友人から「新宿コスミックスポーツセンターはそこじゃない」と言われ、新宿スポーツセンターの方をコスミックスポーツセンターだと言われました。
それを聞いて私は「あーそうなんだー。危なかったー、間違えるところだったわー」で済ましてしまい、それ以上調べませんでした。その結果が、【試合当日に迷子になる】でした。またしても私の悪い癖が発揮されました。
幸いなことに、開場の15分前に着こうと思っていたので時間がまだ残されていたことと、新宿コスミックスポーツセンターと新宿スポーツセンターが近い所にあったことから多少道に迷いながらも試合前に会場に到着することが出来ました。しかし、新宿スポーツセンターから新宿コスミックスポーツセンターまでの道を猛ダッシュする羽目になりました。

会場に到着した時には既にそれぞれの試合場で試合が始まろうとしていました。運良く、会場に到着して直ぐにTさんと会えて荷物置き場を教えて頂けました。試合場の近くには多くの先輩方がいらっしゃっていて、話しかけて頂いたりして緊張をほぐせられました。「知っている人がいる」ということが、とてもありがたいものであると実感しました。
ウォーミングアップはあまり出来ませんでしたが、不幸中の幸いで走って来たことによって身体はかなり温まっていました。

3試合前になったので、私と対戦相手の方が椅子に座る番になりました。パンフレットによると、相手の選手は私よりも身長が2センチ低く、体重が15キロも低かったので、私は相手が痩せている体型の人だと勝手に思っていました。
しかし、隣を見てみるとそこには、ガッシリとした身体をしていて、胸を張って脚を大きく開き堂々としていて、カッコイイあご髭を生やしている方がおりました。(チェンジ!!!)と、相手が予想をはるかに上回る感じの人だったので、思わずそんな弱気な発言を大きく勢いよく心の中で叫びました。
けれども、これらのことは決してマイナスなだけではありませんでした。試合前は確かに緊張していましたが、試合会場を間違え全力で走って来たことや、相手の選手が予想よりはるかに強そうだったことなどが何処か面白可笑しく、「やってやらぁー」というようなハイなテンションになることができ、前向きに試合に臨むことができました。
そして、いよいよ試合が始まりました。威勢のいいことを書きましたが、試合のことはあまり憶えていません。ハイなテンションになっても初めての試合、やはり緊張していて無我夢中で突きを出すしかできませんでした。練習していた蹴り技を出すという考えがまるで浮かばず、相手の突きを受けて返す受けて返すの繰り返しでした。そんな中で頭の中に数少なく残っていたのは「下がらなかったら負けない」という拓さんのアドバイスでした。それだけは守らなくては、と思いひたすら突きを突いて前進しました。そして、そんな混乱状態の中でも上島先輩の「下がるな!!」という声援はしっかりと聞こえてきました。他の先輩方が、上島先輩の声援は大きくとても力になると言っていた理由がよく分かりました。すると後半、相手の勢いが落ちてきてガードも下がり、腹が剥き出しになる回数が増えてきました。私はチャンスだと思いそこに突くと、しっかりと効いているように見えました。そこからは、まだ体力に余裕があった私が押し切れ、そのまま試合終了となりました。そして、私は判定勝ちをし、初勝利を得られました。

結果的に、体力で相手を上回れたことが勝因だったと思います。そしてそれは、水曜日のボディトレーニングクラスと、金曜日の一般クラスに出ていたからこそ得られた体力や打たれ強さだと思います。試合という場所で、今までの成果を実感できたことは素直に嬉しく、「今までやってて良かったなぁ」と思いました。
しかし、試合に勝てて嬉しかったのも束の間、またしても予想外の出来事がありました。それは、息が全然整わないことでした。試合時間は延長を含めて3分間と長かったのですが、足技なんてほとんど使っていないし、金曜日の稽古で終盤に20秒のインターバルの後に1分間の組手を5回行う稽古を経験したこともあったので、ある程度したら息が落ち着くと思っていたのです。しかし、いつもより長く休んでいるというのに一向に息は落ち着きませんでした。身体は自分で思っていた以上に疲れていたみたいでした。試合は稽古とは違うものなのだと思い知りました。
「こんな調子で、体力万全のシード選手相手に大丈夫なのか?」と不安になりかけましたが、「ここまできたらやれるだけやってやろう」という気持ちと、「せっかく練習したのだから足技を出したい」という思いで、前向きに試合に臨もうとしました。
そして、私のデビュー戦初勝利がかかった試合が始まりました。
結果、見事に私は不戦勝で優勝しました。
なんと、私が出場したクラスはエントリーした3人中2人しか出場していませんでした。相手の選手が一向に隣の椅子の所に来ない中、私は(あれ、不戦勝?いや、そんな考えをしていたら相手が来た時にぬか喜びが半端じゃないぞ。集中してないと)と思い、1人で気を張り続けていました。結局相手は来ず、私の優勝が決まりました。少し複雑でもありましたが、一回戦目で勝てていたのと、仮に試合になっていたら体力が不安だったこともあり、素直に喜ぼうと思いました。
今後はより一層体力の向上を目指していき、試合で足技を出せるようになることを目標にして頑張っていきたいと思います。

砂川先生をはじめ、多くの先輩方に支えて頂いて感謝の念が尽きません。これからも宜しくお願い致します。

押忍


腰と注射と新潟と 大谷智通


第3回全北陸空手道選手権大会が9日後に迫った金曜日の夜。追い込み稽古中に突然、脊椎の左から右へ五寸釘を打ち込まれたような激痛が走り、立っていることもままならなくなりました。ぎっくり腰――ドイツでは「魔女の一撃」といわれるやつです。経験したことのない方は「またまた〜。立ってられないなんてウソでしょ?」とおっしゃるかもしれませんし、実際、友人の一人は「大袈裟ワロタw」なんて薄情なLINEを送ってきましたが、不本意ながらそのような方には裏拳顔面打ちを叩き込ませていただき、ぎっくり腰の痛みの何十分の一でも知って優しい人になっていただければと思います。寝返りを打つこともままならない。家の前をトラックが走って床が振動するだけで悶絶する痛みです。ぎっくり腰なんて微妙に間の抜けた名前で呼ぶから過小評価されがちなのであって、私は常々この病気は「腰椎大捻挫」とか「腰周り崩壊症候群」といった相応の病名に改めるべきだと考えています。

それはともかく、翌朝、通常なら家から歩いて3分ほどのところにある小さな整形外科に20分近くかけて這っていったのですが、診察室に入った私を見るなりお医者先生が「あ〜あ」とおっしゃいました。(こいつやりやがったな)と。私もつられて「ええ。『あ〜あ』です」と答え、ふたりで「「あ〜あ」」と合唱したのですけれど、この過程で先生とは心が通じ合ったような気がしたので、ひと駅離れたところにある大きなスポーツ整形外科の方が設備もスタッフも充実しているのですが、今回のぎっくり腰に関してはこの病院と先生に全面的に委ねることにしました。
その日は一般的な神経ブロック注射を打ってもらい、孫悟空が界王拳を使うときのような「ハア゛ア゛ーッ」的な気合を入れればなんとか寝返りが打てる程度にはなったのですが、「寝返りが打てる」と「突きが打てる」との間には絶望的に越えられない壁があるわけで、「試合に出られるのか。そもそも、会場まで移動できるのか」という不安をかかえ、体圧を分散させるための抱き枕もかかえ、それから1週間以上を寝たきりですごしました。いよいよ大会前日となっても回復はままならず、病院で先生に「明日、空手の大会があるんですよね。それで、エヘヘ、30発ほどパンチを打ちたいんですけど……」と切り出してみました。もう勇気と無謀を履き違えるような年でもないので、本音のところでは棄権するための理由を求めてのことでしたが、思いがけず先生は「なら、『医者の良心を殺した処置』をしてあげよう」とおっしゃったわけです。(いやいやいや。そこは「絶対安静にしなさい」と言うとこでしょ……)と心の内で突っ込みを入れながらもいまさら引くに引けず、「殺した良心」がなんなのかという説明を受けないまま、通常とは成分が違うらしい注射を打つことになりました。その注射で腰の痛みがそれなりに和らいだような気がしてきたので、大会前日の16時にようやく観念して全北陸大会一般初級の部への出場を決心しました。
当日朝、起床したときは突きと直線系の足技はどうにか使えそうな感触だったのですが、始発の三田線、埼京線、上越新幹線を乗り継いで試合会場のある新潟に着いたときには、すでに腰周りはだいぶすり減っていました。その後、会場で泉監督と拓さんのサポートのもと行ったアップでもやはり体幹はメタメタ。拓さんが構えてくれたミットに上段回し蹴りを数発打ってみたところ背中に洒落にならない激痛が走ったので、「こらあかんわ」と早々に回転系の蹴りは捨てることにしました。

このように身体のコンディションは最悪でしたが、なんということでしょう。人間万事塞翁が馬、禍福は糾える縄の如し、腰を痛めていたことが今回の大会では思わぬ功能をもたらすことになったのです。
その一つが、ある種の開き直りが生じて試合に対する気負いがまったくなくなったことです。出場できただけでも御の字。これ以上のなにを望むのか。いまの自分の身体の状態を素直に受け入れ、試合以外の余計なことはなにも考えず、思わない。いわゆる「悟りの境地」です。間違っても釈迦は休みの日にわざわざ他県まで人を殴りに出向かないと思いますが、このときの精神状態はわりと釈迦に迫るいいところまでいっていたように思います。
もう一つが、身体操作がままならず死に技となった回転系の蹴りを完全に捨て、ついでに元々たいしたことのないフットワークも捨てた結果、ベタ足での突きにリソースを全振りしたということです。筋肉量の多い脚を下手に使わなかったおかげでスタミナの消耗が劇的に抑えられ、今回の対戦相手は自分よりも10歳も20歳も年下のピチピチした若者ばかりでしたが、試合の最終盤まで対等にやりあうことができました。
今回は対戦相手の研究をまったく行いませんでした。今年の夏に出場したカラテドリームフェスティバルでは、対戦相手のことを探偵ばりに調べあげ「この人はI知Y本道場の人だから、嫌らしい足技を多用してくるであろう」などあれやこれやと想像し、気持ちがフワフワしていたせいか重心もフワフワしてしまい、結局は単純な突きに押し負け初戦敗退するという不甲斐ない結果に終わっていました。このときの「相手の研究に勤しむあまり自分の研究が疎かになった」という大いなる反省のもと、今回は会場で初めて対戦相手を確認したのです。

すると、いずれの対戦相手も身長は私とほぼ同じなのですが、体重は私の方が8〜10キロ重い。10キロといえば、月に一度ほど家の近所の仲宿商店街に米を買いにいくのですが、米袋(10キロ)を抱えて歩くのって意外としんどいんですよね。それだけの体重差がある。直近の9日間は腰痛でひたすら寝ていたのですが、ご飯だけはしっかり食べていたため、試合当日の私の体重は事前に申告していた75キロから5キロも増えて80キロになっていました。これは10キロ入りの米袋に換算すると8袋分なわけです。感覚的には、地べたに8つまとめて置いてある米袋を小突いたところで、そうそう動かないと思うんですよね。この「米袋そうそう動かない説」を適用すると、相手よりも10キロも重い80キロの私が重心を極力下げてさらに後ろ脚を地面に突っ張っているならば、自分の足で後ろに移動しないかぎり、多少の突きや蹴りを受けても身体は下がっていかないということになります。身体のコンディションは決してよくありませんでしたが、会場で考えたこのようなことを気持ちの拠り所として、試合直前に「今回は相手の攻撃をかわさない。どんな打撃を受けようが、自分からは下がらない」ということだけ心に決めました。「最悪、骨の1、2本持って行かれるかもしれないが(4月に井村さんの「鎖骨消失事件」が起きました)、それで死ぬわけでなし。すでに腰がむちゃくちゃ痛いところに、いまさら痛む場所が何箇所か増えてもたいしたことない」そんな腹積もりでした。

準決勝の相手は電動ドライバーのように高速回転しながら上に下にと蹴りを出してくるとても足癖の悪い若者。そのフットワークにはかなり苦戦させられましたが、こちらは重心をガッツリ落としてその蹴りを食いしばり、意地で1歩も下がりません。相手が突きの射程に入ってきたら、左右の連打と共にベタ足でひたすら前進。蹴り主体できていた相手は、その反作用と重心が不安定になったところへの追い打ちの突きで転倒です。ただ、こちらはフットワークが死んでいますから、相手の上段回し蹴りが何度も頭部キワキワに飛んできます。しかし、そのたびにセコンドについてくれた泉監督と拓さんが「見えてるよ〜、全部見えてるよ〜」とフォローの声を入れてくれ、最後まで気力を維持し、上段への攻撃を腕で受け切ることができました。結果、本戦3−0で判定勝ち。試合後に相手の親御さんに聞いた話だと、伝統派で黒帯をとった後、フルコンタクトに転向してきたとのことです。危ないところでした。いつものように相手の研究をやり込んで試合前にその情報を得ていたら「伝統派の黒帯とフルコンの黒帯、ひょっとすると、カリフラワーとブロッコリー程度のちがいではないだろうか。あれ? これ、まずくない?」と萎縮し早々に心が折れていたはずで、先に書いたように今回は相手の研究をしなかったことが功を奏したわけです。

昼休みを挟んでの決勝戦。決勝の相手もみなぎる若さで内廻し蹴りをポンポン放ってきます。後で動画を確認すると本戦1分半の間に6回も放ってきていましたから、おそらく相当自信のある技だったと思うのですが、彼にとって不幸だったのは、私、内廻し蹴りは毎週月曜日に道場でキレッキレの「チャントモ蹴り」を散々くらってきてるんですね。上位互換をもらい慣れていたので、かなり余裕をもって対処することができました。結局、準決勝と同様の「下がらず、突きとともにひたすら前進する」という展開に持ち込むことができ、本戦3−0の判定勝ち。一足先にシニア部門で優勝を決めてきた栄治さんと、「ダブル優勝ですね。ガッハッハ」と、喜びを分かち合いました。そうなんです。この全北陸大会には東京お茶の水支部から私を含めて3名の選手がそれぞれの階級に乗り込んでいたのですが、みな好成績をおさめました。目の前のチームメイトの勝利が次のメンバーの勝利を呼び込み、チーム全体に正のフィードバックが働く。仲間の勝利の高揚感を自分の試合まで持っていけることのメリットは大きく、3人の中では試合のローテーションが最後だった私はこの恩恵を最大限に受けられました。

 第3回全北陸空手道選手権大会では、幸いにもエントリーした部門で優勝することができました。ただ、元々腰を痛めていたところに正面から打撃を受け続けたためさすがに無傷というわけにもいかず、試合を終えてそのまま病院へ直行し諸々の処置をせざるをえませんでした。意地を張り通した代償として表彰式こそバックレることになりましたが、久美子先生が代わりに受けとってくださった大きな優勝トロフィーと賞状でお釣りはきたかなと思っています。今年3月の総本部交流大会ではワンマッチを勝って優勝しましたが、やはり公式大会のトーナメントを勝ち抜いての優勝は達成感もひとしおです。
泉監督と拓さんには、3連休の中日にわざわざ新潟まで応援にきていただき、感謝の念に堪えません。AppleストアのGenius Barのごとき手厚いサポート、セコンドでの的確な指示、気力を奮い立たせてくれる声援、これらなしにはトーナメントを勝ち抜くことはできませんでした。そして久美子先生。試合会場に師がいるというのはたいへん心強いことです。
夏から当面の目標としていた大会は良い結果で終わりました。大会後は満身創痍でしたが、ひと月ほど養生したら疲弊した身体もほぼ回復しました。手元には仲間への感謝と自分に対する少しの自信が残りました。またぼちぼちと次の目標を定め、それに向かって精進していきたいと思います。押忍。


戦いを終えて 田中栄治


一夜明け、身体のあちらこちらがこわばっているのを感じながら、あらためて家にトロフィーがあるのをじっと見て、「あっ、優勝できたんだ」と思いながら、勝てた喜びをかみしめていました。

2016年9月18日、全北陸空手道選手権大会に出場しました。新潟支部が主催する大会であり、全日本大会にもつながる登竜門となるような大きな大会に、始めて2年にも満たない私が出場してもよいのだろうかという思いを抱えながら、当日を迎えました。

年齢は44歳ですので、ミドルシニアの部で、かつ、7級までは初級の部にあてがわれ、私以外の3人は新潟支部の人たち!という4人のトーナメントを争うことになっていました。

まずは一回戦、私と同年代、同じ青帯、背格好も近く、唯一異なるのが大会出場が初めてという部分ですが、私も2回目ですので、がっぷり四つでの戦いになるだろうと思って臨みました。始まる前に、笑顔で私に「よろしくお願いします、自分も東京出身なのですが、何故か新潟にいます」などと声をかけてくれましたが、初めてなのに落ち着いてるなあという印象を受けました。
私の前の試合はもし私が勝てば、その勝者と戦うことになるので、じっくり観察しておこうと思って見ていました。勝った方の人は蹴りがスムーズに出る人で、顔面前蹴で技ありを取ってそのまま優勢勝ちをしていました。
とうとう私の出番です。正面に礼、主審に礼、お互いに礼、始め!

1分半、無我夢中に突きました。でも、相手も私の突きをかわしながら的確に突いてきます。蹴りも的確です。途中途中で手数の多い突きを受けて、このまま撃たれ続けたら負けてしまうかもしれないと思いましたが、なんとかしのいでまずは本線引き分けとなりました。延長に入ります。このままでは、相手の蹴りや突きでやられてしまうと思い、とにかく正拳で首のすぐ下の骨を打ち砕くつもりでカウンター気味に突き続けました。すると、相手が私の突きを嫌がり始め、あまり攻撃してこなくなりました。また、相手の攻撃もゆっくりになってきましたのでカウンターが取りやすくなり、次々に突きが命中し始めました。心に余裕が出てきて、突き、突き、下段のコンビネーションも少しずつ出るようになりました。そして、時間になり、3:0の判定勝ちとなりました。

知美先輩も大谷さんも勝って次に進みましたのでこの勢いで決勝も頑張ろうという気持ちになりました。

昼休憩後の決勝戦、戦いに臨む前に泉先輩から「相手はがむしゃらに攻撃してくるけど落ち着いて対応してくださいね!」というアドバイスをいただきました。蹴りがうまいのを前の試合で見ていたので、ガードを落とさずに、そして攻撃は先行先行で相手に蹴りの余裕を与えないような戦いができればと思って臨みました。

試合開始です。相手の蹴りをいくつか受けましたが、構わず突いていきました。相手は私の突きの攻撃を嫌がり、蹴りに活路を求めているようでしたが、蹴りを受けると同時に突きを放っていたら、あまり蹴りを撃ってこなくなり、相互に突きの応酬になりました。相手の戦い方は老練な感じで、逃げながら私のガードの甘いお腹あたりを下突きしてきて、結構撃たれました。そして判定。私が白です。白旗一本、他は引き分けで 引き分けでした。正直ほっとしました。次の延長では、積極的に攻めていかなければ負けると思い、相手が蹴りを出してくる時に同時に突きを出していきました。相手の蹴りで一番警戒していたのは上段回し蹴りでした。何回か危ない場面はありましたが、私も同時に攻撃していたこともあり、確実にこめかみをパチンと捉えたものではなかったため、技ありを取られずに済みました。延長も中盤を越えてくると相手の動きが止まってきました。私の突きも決まるようになってきました。応援席から、あと20秒!という声が聞こえました。よし、ここからラッシュだ!と思い、がむしゃらに突き続けました。普段の稽古を思い出しました。相手も最後の力を使って突いてきました。相手の背中を突き抜けるように!という言葉が聞こえてきました。普段、先生や先輩方がおっしゃっていることです。相手が防戦一方になり、時間がきました。白旗が3本上がり、勝ったぁ!やったぁ!と思いました。力を使い果たした感が湧き上がってきました。正面に礼、主審に礼、お互いに礼。握手をしました。
戦い終わって挨拶に行きました。こちらから、ありがとうございました!と声をかきましたが、笑顔が見えたくらいで特に反応もありませんでした。とても疲れ切っているように見えました。

このトーナメントに出た4人の力は大差なかったと思いますが、勝てた理由は、一つ目は闘志の差だと思います。勝ちたいという気持ちの強さが一番強かったのだと思います。二つ目は、蹴りや突きの強さだと思いますが、ポイントは正しい姿勢と蹴り方、突き方で撃てるかどうかという観点で、確実に相手にダメージを与える攻撃ができていたのではないかと思います。三つ目は、タイミングよい打撃だと思います。相手の動きを見ながら、カウンター気味に突きを入れることで、より衝撃が大きい突きになっていたのではないかと思います。最後に四つ目は応援いただく声が大きかったことだと思います。声援を送っていただくことで心が折れそうになっても頑張れました。連打を浴びてきつかった場面でも、声援が私を支えてくれました。

この大会では、まだ初級ですので、突きと下段でなんとか勝てましたが、これからレベルを上げていくには防御もしっかりしつつ、蹴りもいろいろな蹴り方で、バリエーションを持った上で戦わないといけないなあということを痛感しました。このままでは勝てたとしても精一杯戦ってギリギリ薄氷の勝利にしかなりません。私の場合は、突きは自然に出てくるので、蹴りをタイミングよく的確に撃てるようにしていくことが必要な気がします。そして、今回の大会ではほとんどノーガード的な戦いをしてしまったので、お腹周りは傷だらけになりました。自分のスタミナを保つためにも、守りをしっかり固めていかなければならないと思いました。

知美先輩は一般女子フルコンで準優勝、大谷さんは一般初級の部で優勝。お茶の水ファイターが席巻した形になり、よい思い出になりました。

鏡越しに見る私のお腹周りは左脇腹を中心に赤く腫れ、相手の攻撃を受け続けた私の左腕と、相手の胸板を突き続けた私の右の拳も見事に腫れ上がってしまいましたが、特に折れてはいないのでじきに治ると思います。

私の目指す道はまだまだ遠いと思いますが、自分史上最強の自分を目指して、一歩ずつ日々精進して参ります。落ち着いたらまた大会に出たいと思います。

ありがとうございました。

押忍


ノルウェーキャンプ(途中)参加レポート 山ア 大志


 東京お茶の水支部オランダ出張所員のもとにある情報が飛び込んできました。
いつものように、茶水支部のホームページの近況を見ていると、TOPページに「砂川先生がノルウェー出張 」との文字が。
 ノルウェーはオランダからそう遠くはないし、前回、砂川先生がデンマーク出張にこられた2014年のときはデンマークキャンプに参加できなかったので、今回のキャンプには参加できることが出来たら良いなと思い、下調べを開始しました。
 砂川先生がノルウェーのどこでキャンプをするかをインターネットで検索すると、ノルウェーのStavern という街で行われることが分かりました。又、そこには、クリスチャンセンさんという事務局の方のメールアドレスが載っていましたので、「砂川先生の道場の生徒だった者だけれども、途中からでもキャンプに参加してもいいですか?」と連絡すると、「いいですよ。」という快いお返事をいただき、日程の調整をしました。

 ノルウェーキャンプは6月30日〜7月3日までの期間ですが、私が参加できるのは週末の7月2日と7月3日の2日間だけでした。
 7月2日にStavernから一番近いTorn空港からタクシーでキャンプ会場のFolkenhoyskole Fredtunに向かうと、そこには、ランチタイム後の腹ごなしでしょうか、屋外でコンビネーションを確認している新極真のジャージを着ている男性が2人いたので、「砂川先生の生徒です。」と自己紹介すると、「それは、良く来てくれました、キャンプトレーニングにも参加するんでしょう?」と言われたので、極真空手世界共通用語の「OSU」と言ってランチタイム後のプログラムから、実際に参加することになりました。

 ランチタイム後は屋外で稽古をするとのことで、極真空手の素晴らしい世界共通のシステムである帯順で自動的に整列して先生方の到着を待っている、「おおおおおー、やまざきさぁーん」と聞き覚えのある声が。そうです、砂川先生です。「はーるばる来たでノルウェー!!」と心の中で言いながら、ご挨拶をさせていただき、私のノルウェーキャンプのスタートです。
 参加人数が多いので帯毎に4つのグループに分かれ、砂川先生を含めたそれぞれの先生の下で稽古が行われました。一番最初の先生の稽古は体育館で行われました。屋外から体育館の移動ですが、青、オレンジ帯位ですと、歩いての移動ですが、緑帯以上となると移動は駆け足で、ノルウェーの先生方がきちんと指導し、生徒達に浸透しているだなと感じました。私にとってのキャンプ参加初日は、実り多い物になりました。

  最初の先生から、黙想とリラックスの仕方を勉強しました。ところどころ英語で話してくれたのですが、主に現地の言葉で説明されていたので、完全に理解は出来ませんでしたが、先生のジェスチャーから、黙想をするときに、意識を眉間の辺りに持ってくるとリラックスできると理解すると、実際にやってみると、あら、不思議、本当に身体から余計な力が抜けて行きました。(注意:個人の感想です。)

 そのほかの先生からは、3人組での深い柔軟の仕方、組み手のトリッキーな足技について教わりました。砂川先生からは、指導の中で逆立ち歩行の指示があり、私も含めて参加者は出来る人は少なく、それぞれに苦労しながら取り組んでいました。
 この後、場所を移し、スパーリングです。海岸の近くの芝生の上で行われました。足場が悪いところがあり、これはもしかして、大山総裁が足場が悪いところでも稽古しなくてはいけないとの教えがノルウェーでも浸透しているからでしょうか。

 砂川先生は、こちらでは皆さんライトスパーリングが上手いと仰っておりましたが、なかなかどうして、ジュニアの緑帯、茶帯クラスとなると、ありがたいことに、活きが良いスパーリングをしてくれました。
 砂川先生とも久しぶりにスパーリングをさせていただきました。スパーリング前に、オランダで教わった技を出しますと、挑発したせいでしょうか?私が今までに体験した事のないスピードで対応していただき、まったく私から反応が出来ませんでした。近くにいたカメラマンの人も砂川先生のスピードに驚いておりました。(この事は、砂川先生の全日本大会前には秘密です。)
 こうして、スパーリングを行ったのにも関わらず、引き続いて、昇段者及び昇級者の審査組み手です。驚いた事に9歳の黄色帯の事とジュニアの黄色帯の子も連続組み手です。受審者全員が昇級昇段され、良かったです。最後はみんなが拍手をしてお祝いです。
 このようにして、私のノルウェーキャンプ一日目が終了いたしました。

 今回のノルウェーキャンプではお酒が飲めないとこぼしている砂川先生を尻目に、私にとって二日目、そして、ノルウェーキャンプ最終日が始まりました。
 まずは、ウエスパー師範による稽古です。ウエスパー師範の号令のもと、各種コンビネーションのシャドーを繰り出します。その後、3人一組で帯を補助に使って、正しい姿勢で上段前蹴りと上段廻し蹴りの稽古です。ウエスパー師範は非常に綺麗なフォームで上段前蹴り、上段廻し蹴りのお手本を見せてくれました。
しかし、頭をぶらすことなく、姿勢を動かすことなく、上段前蹴りや上段廻し蹴りをだすことが私にとって非常に難しく、砂川先生の檄の甲斐なく、とほほ、な結果なりました。しかし、とほほ、な結果は課題の発見です。何が原因で、とほほ、な結果なのか自分で分析して課題を今後、克服して行きたいと思います。

 最後に、砂川先生が、組み手の中でのスピードを意識したスパーリングのようなゲーム形式の稽古を行いました。引き手を重視した突きや蹴りを、スポーンと当てた方にポイントを与え、3回の内、2ポイントをゲットしたほうが勝ちという形式で、参加者全員が楽しみながら稽古を致しました。
 砂川先生から、この稽古は、年齢や性別に関係なくスパーリングの中でスピードの稽古が出来ます、という事と、スピードを出すには、突き、蹴りともに、引き手、引き足にも注意を払う必要がありますとの、貴重なアドバイスで稽古は終了しました。
 皆さんで集合写真を撮り、お互いの今後の健闘と次回での再会を約束して、ノルウェーキャンプの全日程が終了いたしました。

 砂川先生との日本国外での再会を期してのノルウェーキャンプ参加でしたが、キャンプ参加を通して非常に得るものがあり、又、自分に対しての課題が沢山見つかり、非常に有意義なキャンプ参加となりました。
 ノルウェーの町の美しさ、設備の整った、そして、清潔さが保たれたキャンプ施設、もちろん、このキャンプに参加された先生方や生徒の方の極真空手への熱意には非常に感銘を受けました。
 非常に短い期間の参加でしたが、参加をお許し頂いたクリスチャンセンさん、エリック先生、ノルウェーの先生方、生徒の皆さんには、この場をお借りして、お礼を申し上げたいと思います。
 今後も、砂川先生の生徒として日本国外のキャンプへ参加する機会があれば積極的に参加していきたいと思います。参加する以上は、砂川先生に恥をかかさない態度や熱意を持ってキャンプに参加していきます。又、可能な限りサポートして行きたいと思います、ただ、お酒の手配は別になると思いますが。

押忍 


念願の一勝!そして銀メダル 鳥海陽一


世田谷・杉並支部交流試合、初戦に勝利できたことが、とても嬉しく、正直ホッとしております。
今回の初戦の対戦相手は同級とはいえ、空手の経験は恐らく私の方が大分長いと思われるため、試合の前は、今までの稽古量は相手より多分私の方が多いのでもし勝てなかったら、嫌だな、やっぱり私は勝てないのかな、と思ってたはずなので、今回の勝利は私にとっておおいに意味のある貴重な経験でした。

努力は報われるではないですが、やはり稽古量の多い方が勝つのかな、と思えるよい経験になりました。
空手だけではなく、日々の生活にも通じるものがあると思いました。
また、皆さんにたくさん応援いただいて、ありがたいなという思いと、自分のことばかり考えてちゃいけないと改めて思いました。
嫌だったミット稽古もまた頑張ろうと思えるようになりました。


2回戦は完敗でしたが、きっと相手は自分より稽古量や悔しい思いをたくさんしてきたんだろうなと前向きに考えられるようになり、自分もまた頑張ろうと素直に思っております。
もっとたくさん書きたいこともありますが、文面の関係上これにて失礼します。
今回の勝利は支えてくれた方々のおかげです。
今後ともご指導何卒よろしくお願いいたします。
押忍!


「燃え尽き症候群にならないでくださいね!」 田中栄治 東京お茶の水支部 9級


今回初めて出場することになった空手の大会の1ヶ月前に、師範代の先生(泉先輩)から言われた言葉です。6月25日の試合に出ることを決めてから約2ヶ月の間、日曜日を含め稽古も週3回通い、組手の練習も回数を重ね、大会での試合まで1ヶ月を切ったある日の稽古が終わった日に、試合のことばかり相談をするようになっていた私をたしなめるように、言っていただきました。「試合が終わっても、週2回は稽古に来る、と思いながら、試合に臨んでくださいね!」

新極真会、東京お茶の水支部(当時はお茶の水道場)の門をたたいたのは2015年1月6日。あれから約1年半。当初はからだの使い方も何もわからず、ただただ空手に興味があるというだけで全くのド素人から始めて、ようやく試合に出られるところまでたどり着きました。昨年末の昇級審査で9級のオレンジ帯をいただき、仕事帰りの時間を使って地道に稽古に通いながら、とうとうやってきた私の初舞台いや初試合。それは、世田谷区立総合運動場で行われた、新極真会の塚本徳臣師範率いる世田谷区杉並支部主催の交流試合でした。

大会は年齢や体重、性別、階級などでいくつか区分されていましたが、私の出る区分の試合は、シニア40〜45歳の軽量級(70キロ未満)で、特に初心者と経験者を隔てることなく、トーナメントは8人で構成され、私の初戦の対戦相手は10級の方であるものの、その対戦に勝ったら次は初段と1級の勝者と当たるしびれる組み合わせになっていました。また初戦も、10級とはいえ、無級ではなく、昇級試験を受けてきている訳で、経験期間も技術、体力もほぼ変わらないだろうし、いや、自分よりも上かもしれないし、決死の覚悟で立ち向かってくるだろうし、最後まで戦えるだろうかと不安で不安でたまりませんでした。

試合の前まで稽古をしていると疲労が回復しないまま試合を迎えることになるので、師範である砂川久美子先生のご助言により、試合のある週の月曜日まで稽古に出て、それからは稽古をお休みしましたが、ここ2週間くらいは右手と右足の親指が突き指というか打撲していたために思い切り突いたり蹴ったりできず消化不良のような状態だったこともあり、不安がぬぐえないまま試合までの日々を過ごしました。

試合当日の朝、妻に作ってもらった餅入りのぜんざいをお腹に入れて、電車を乗り継いで会場入りすると、すでにそこかしこで威勢のいい気合いの声が鳴り響き、選手たちの熱気が体育館全体を覆っていました。 そんな熱気に気圧されそうになっていた私をやさしく導いてくださったのが同門の先輩の翔司さんと、入門は少し私の方が早かったのですが私より一足先にデビュー試合で初優勝している大谷さんでした。試合での審判をされる師範や先生方が主催者側運営スタッフとして準備をされていますので、体重測定だけは大音量でアナウンスされていたのですぐに係のところに行って体重計に載り、62.9キロでパスしましたが、それ以外は試合開始までの時間の使い方がよくわからず途方にくれていた私と、別の階級で試合に出る同門の男性(鳥海さん)を、翔司さんと大谷さんがウォーミングアップをするところまで連れていってくださいました。そこで、大谷さんがミットを持ってくれて、翔司さんが突きや蹴りのメニューと時間を決めてくれて、心地よい汗をかくことができました。翔司さんからは、パンチがよく出ているので、突きを中心に試合運びをした方がよい、ということと、私の方が絶対強いので、普通に戦えば勝てると言ってくださり、ただ、相手に少し強い突きや蹴りを撃たれて慌ててしまって我を忘れてしまうようなことがあると負けてしまう可能性があるので、試合前に、会場全体を見回して、平常心を保つように心がけてください、という最後のアドバイスをいただいて試合に臨みました。
まずは初戦。もうすぐ私の試合の番が回ってきます。5組前になったら試合を行うコートの選手控え席のところに来てくださいと言われていたので、少し早めに近くまで行き、間近に行われている試合を見ていたら、下半身が震えてきました。そして、3組前になると、パイプ椅子に座り、試合が終わる度に前の椅子に移動していきます。その立ち上がって座ってを繰り返していたら、その下半身の震えが上半身に波及し、私のちょうどすぐ前の組の試合を見ながら、全身がどんどんとこわばっていくのがわかりました。どうしよう、思ってもどうしようもありません。体が次第に熱くなってきて、地面に立っている感覚がなくなったようでした。前の試合が終わり、立ち上がり、名前を呼ばれます。

「お茶の水支部 田中」「押忍」

ゆっくりとコートの中央まで歩いていきます。正面に礼、主審に礼、お互いに礼、始め!。制限時間1分半の試合が始まりました!
組手立ちをして顔面ガードの姿勢で一歩前に出ると早速相手の左足前蹴りがみぞおち上辺りに撃ち込まれ、少し後ろに下がってしまいましたが、その蹴りを受けて我に返った私は早速反撃を開始しました。撃つためには相手の方に近づかないといけませんが、近づくと前蹴りを撃たれてしまうので、蹴ってきた直後にさっと前進すれば相手の懐に入れるのではないかと考え、間合いを計りながら、少しずつ私の突きが相手に当たるようになってきました。そうすると、相手は左足を前にしながら、あまり蹴ってこなくなったので、それなら右下段を狙ってみようと思い直し、蹴りの攻撃も加えてみました。そんなこんなで突いたり、蹴ったりしているうちになんとなく相手を押している感覚はありましたが、いつの間にか時間がきて、判定になりました。引き分けかな、あと1分半はつらいなあと思っていると、3人が白旗をあげてくださり、判定勝ちが決まりました。勝ってほっとしたのが正直なところで、主審に礼、お互いに礼をして、相手の方と握手をしながら、心から、ありがとうございました!と声をかけました。そして、試合後、翔司さんに導かれるようにコートの外でも相手の方に、ありがとうございました!と声をかけると、相手の方から、強いですね!と言われ、こちらも、いやいやそんなことはございません、何年くらいやられているんですか?と聞くと、1年くらいです、とのことだったので、私も1年半くらいです、またお互い稽古を重ねてどこかの試合で戦いましょうね!と伝えて別れました。

応援に来てくれていた道場の皆さんに初勝利をお祝いしていただき、よかったよかったという声をいただきながら、あっ勝ったんだ、とあらためて気づかされました。こんな勝利の余韻に浸る間もなくトーナメントは続いていきます。次の私の相手はなんと初段、黒帯の選手です。
師範の先生からお祝いのお言葉をいただいたのもつかの間、次の相手に対しての心構えをご指導いただきました。私の方が相手の方より少し背が高いので、いつもの調子でパンチを撃つと鎖骨を狙ったつもりが顔面をとらえてしまう恐れがあるので、正拳突き(構えているところからまっすぐ打ち込むこと)をせずに、下突き(アッパーカットを撃つ構えで相手のお腹に打ち込むこと)をするようにというアドバイスでした。でも、普段そんな撃ち方をすることはめったにありませんので、できるかなあと思っていました。
昼休憩をはさんで2回戦が始まりました。みんなが帯の色が違うだけですよ!と気持ちで負けないように私を鼓舞してくれました。
1回戦と同様に、選手控えのエリアに進み、パイプ椅子に座り、一戦終わる度に前の椅子に移動し、私の番になりました。
名前が呼ばれて、正面に礼、主審に礼、お互いに礼、始め!の声で試合開始です。
さて、組手立ちをして、両腕を前に出して相手のパンチを牽制しようかなと思ったところに左足前蹴りが飛んできました。痛い!そういうことならこちらも撃っていくぞ!とパンチをしていったらなんと相手のアゴを撃ってしまい、早速反則で注意を受けてしまいました。事前に師範から言われていたのにやってしまいました。それからは撃っても蹴っても当たらず、代わりに相手のパンチや蹴りが素早い動きの中で飛んできます。とりあえず相手の攻撃を避けて、チャンスを待とうと思って攻撃を交そうと思っても、的確に私の急所を撃ってきます。正拳突きでは相手の顔面を当ててしまうので、下突きをしようとするのですが、完全に見切られていて当たりません。そんななか、私のガードが下がったのを見透かしたように左上段回し蹴りが飛んできました。ヘッドギアをつけていたからというのもありますが、全く見えず、いつの間にか右こめかみ辺りに強い衝撃を受けてしまいました。当てられることがわかっていれば受け身も取れるのですが、強い衝撃をまともに受けて、倒れることもできず、立ち尽くしていました。技ありです。一旦最初の位置に戻って、お互い礼をして再開です。
右こめかみから首にかけての軽い脳しんとうを引きずりながら、それでもなお立ち向かっていきます。ファイティングポーズをとって戦う意思は見せるものの相手の動きが見えません。先ほどにも増して攻撃が鋭くなってきます。頭を撃たれてはならないとガードを上げたら、今度は腹を撃たれてみぞおちを強打。痛い!そのまま下がっていきますが相手は追ってきます。お腹をガードしていると今度は頭を狙われます。そうこうしている間にさらにもう一本、左上段回し蹴りを決められ、技あり。これで一本負けが決まり、試合終了です。残り10秒余りでの完敗でした。二本目の蹴りも全く見えず、受け身も取れず衝撃が重なりふらふらになったまま主審に礼、お互いに礼で引き下がりました。

試合後、コートの外でご挨拶をしにいくと、相手の選手から、パンチ強かったです、と一言。こちらはありがとうございました、としか言えず、でも力強く握手をして別れました。
試合を終えて、師範を始め道場の皆様に宴の場で労いのお言葉をいただき、自宅に帰り、倒れこむように寝てしまいました。翌朝、目が覚めたら体が金縛りに遭ったように動きません。なんとか、寝返りを打ち、少しずつ横ばいして、なんとかベッドから降りましたが、からだ全体が重く、硬くこわばっていて、なかなかほぐれません。時間が経ち、少しずつほぐれてくると、左足太ももの裏や左腕全体、首から右肩にかけての筋などようやくからだの痛いところがわかってきました。試合中はアドレナリンが出ているので、痛みを感じておらず、翌日に痛みが出てくると聞いていたので不安だったのですが、なんとか大丈夫そうです。

冒頭の先生のお言葉をかみしめながら、また来週から通常の稽古に参加しようと思っております。黒帯の選手に負けはしましたが、後でビデオを見てみると自分なりには善戦できた、次は勝ちたい、そんな気持ちがふつふつと湧き上がってきました。
試合に勝つために練習、稽古を重ねた者同士が拳を通じて相まみえる、そんな世界に私も両足を踏み込んでしまったようです。
次回参加する試合ではどんな世界が待っているのか、そしてどんな相手、どんな結果が待っているのか、今からワクワクドキドキが止まりません。
よっしゃ!これからも頑張るぞぉ!
押忍


女子空手合宿に参加して 東京お茶の水支部 木村希望


私は福島へ空手の女子合宿にいきました。広い練習場に先生のもくそうや気合いをいれる声が大きく響いていいなあ〜、いつか久美子先生の声の大きさを超えたいなぁ!とおもいました。

心に残った事は、3つあります。1つ目は、ドロケイをしたことです。大人が警察、子供が泥棒をしました。10分の間に、大人が勝ったらアイスなし、子供が勝ったらアイスありという事をしました。結果は、子供が勝ちアイスを買ってもらって嬉しかったです。



2つ目は探検をしたことです。写真をみて場所を探したから楽しかったです。





3つ目はプールに行ったことです。冷たい水を浴びた後にミストサウナに入ったのが気持ち良かったです。また、白河道場対砂川道場で水の中を走って競うゲームをやりました。結果は砂川道場が勝ち!白河道場が少しくやしがっていたので、面白かったです。



私は組手が苦手で合宿に行った時も少し逃げていたので、これからは自分から向かっていくように頑張りたいと思いました。


2016年女子合宿 参加レポート 東京お茶の水支部 篠ア さやか


5月29日(土)、30日(日)に国立那須甲子自然の家で行われた白河道場・お茶の水道場の合同女子合宿に参加させて頂きました。
この場を借りて、空手を始めて数か月にも関わらず合宿参加を快く受け入れて頂いた砂川先生に感謝致します。

 合宿1日目前半の稽古は、先輩方の気合と緊張感に包まれた中開始。砂川先生より基本稽古、移動稽古を1つ1つの動作を丁寧に解説頂き、その後帯色で分かれて先輩に型を教えて頂きました。目線・足先・指先など無意識になっている所を意識するのは難しいですが、目線ひとつで移動稽古も型も印象が変わることを先輩方の動作で目の当たりにしました。


後半は、シャドー、ステップ・蹴りの動作の確認を行い先輩方と組手を行いました。
“突きと蹴りを繋げること、受けたら必ず返すこと。”頭では分かっているのに結局突き・蹴りをもろに受け、身体が動かないことがもどかしい!


少し悔いが残りながらも1日目の稽古が終わり、懇親会を行いました。選手や道場の話などで盛り上がりながら少年部も混ざりワイワイ、ガヤガヤ。突如始まった将口恵美選手のプチサイン会が微笑ましかったです。


2日目最後の稽古は、基本稽古、移動稽古、型、後屈立ち等重心の位置の確認を行いました。 重心の位置や肩の動きで見た目・安定感がこんなに変わるとは!驚きに溢れた稽古でした。 今回、初めての合宿参加でしたが、ますます空手が楽しくなると共に改めて周りの環境に恵まれていると感じています。 合宿が終わった後も「凛」とした心と感謝の心を忘れずに日々の稽古に励ませて頂きます! 押忍


女子合宿レポート 愛知山本道場 辻(将口)恵美


「髪をしっかり結びましょう。前髪垂らさない!可愛い、は空手以外のときに。」「帯の長さをそろえ、道着の裾もそろえましょう。」と稽古に入る前に、指導を受ける女子が全国に一体何人いるでしょうか。

 5月28・29日、日本初!!女性支部長である砂川久美子師範による女子合宿(+α)が白河道場共催のもと、福島で行われました!2年に1度のこの合宿、前回は参加できなかったため4年ぶりの参加でした。冒頭の言葉は、少年部の稽古のときに砂川師範が言った言葉です。まずは身だしなみから。どんなに強くても、うまくても、身だしなみがきちんとしていなければ。そうしてようやく稽古に入ります。初日に午後稽古→夕飯後に組手(!?)→2日目朝ラジオ体操→午前稽古が行われました。

砂川師範の稽古では、姿勢、立ち方、体の使い方を「バチッと!!」「スパーンっと!」と効果音でわかりやすく教えてくださいます!集中するときは集中し、感覚的なものは遊び要素を取り入れた練習方法で、とても勉強になるものばかりでした。



「空手はキツイことも多いけど、楽しいことの方が多い。 何年やってきても、未だに発見することがあって、空手は楽しい!」というお話を聞き、私自身も砂川師範から学んだことが空手の楽しさやおもしろさに気づくきっかけとなっています。



また今回合宿Tシャツは、砂川師範書の「凜」の文字×滝嶋先生のデザインがコラボし、可愛くカッコいいTシャツに参加者からは歓声が!一番似合っていたのはLサイズ着用の方でした♪




この合宿で感じたこと教えていただいたことを自分の道場でも実践し、砂川師範のような凜とした美しさ、強さを持つ空手家を増やしていきたいと思います!!




それでは最後に、愉快な参加者を紹介します(笑)何度も久美子先輩を鬼瓦に変化させた天真爛漫な少年部たちや久美子先輩との組手で興奮して鼻血を出す中学生、売店のパンをすべて買い占めたLサイズ某初段(ごちそうさまでした♪)、車でアナ雪を見ながら爆睡して車のバッテリーをあげた某茶帯(私も同じことすると思う)、そんなことになっても優しく対応する上部が薄くなっているらしいラーメン屋さん、無邪気な子供たちにオカマと呼ばれる某カリスマ指導員、その指導員に車で足を轢かれた新潟美人(笑)そしてそんな個性豊かな人々を魅了してやまない揉め事万歳滝○先生!合宿中は常に笑いが絶えず、バッテリー回復作業中に笑顔で写真を撮るお茶の水!!

車で足を轢いても「いいことあるよ!」と轢いた人が言い、また爆笑するお茶の水!!なんくるないさ〜の精神を垣間見た気がします(笑)とにかく、稽古中も稽古以外でも常に何かを気づかされる2日間でした。砂川師範をはじめ、滝嶋先生、白河&お茶の水のみなさん、楽しい時間をありがとうございました!そして全国の女子の皆さん、再来年はぜひ女子合宿に参加しましょう!!次回レポートは木村さんです。 押忍!


女子合宿の想い 東京お茶の水支部 砂川久美子


5月28〜29日の1泊2日、2年に一度開催されている女子合宿に行って来ました。
白河道場の滝嶋先生プロデュースによる伊師師範セミナーが2007年11月に行われる予定で私はその中の女子部を担当させていただくことになっていましたが、伊師師範が倒れ延期に、その後急逝してしまい中止になりました。

翌年2008年に滝嶋先生に声を掛けていただき白河道場主催で、第1回女子合宿が誕生。日本最大の広さを誇る白河道場に福島の女子部と総本部道場(当時)女子部が集まり稽古・宿泊・自炊、親睦会。2011年は震災の為、自粛。お茶の水道場が誕生して1年目の2012年、女子だけ楽しいのはヒドイ!という声があがり、+αで男子メンバーが参加。その中には白河・茶水以外の古徳さんの姿も(笑)。女子参加者には将口恵美・美希姉妹、長谷川真美・梨佳姉妹も参加してくれて豪華な女子合宿となりました。それから2年に一度、白河方面で開催していただいています。
前回までの女子合宿オリジナルTシャツ「大和撫子」から今回は「凜」へ。署を形にしていただいてとても嬉しく思います。署・砂川久美子、デザイン・滝嶋邦彦コラボ万歳!!そんな白河道場主催のはずの女子合宿が、知らない内に今回お茶の水主催・白河共催となっていました。2年後にはお茶の水主催にシフトされそうな予感。全力で奪回しなければ。

 この合宿は福島の女子を元気つけよう!ということでスタートし、そこから他支部の女子部との交流、そして空手の基本・移動・型をやることによってもっと空手を楽しく続けてもらおうという思いが込められています。私の理想は、基本から組手まで巧さもあり強さも備えている空手家でありたい。

2年後開催予定の女子合宿、いろんな女子部の方との交流が出来たらと思います。押忍


最大級のお祭り・例大祭 田中栄治(東京お茶の水支部所属 9級)


5月29日、日曜日。初夏の青い空の下、新極真会東京お茶の水支部が位置する文京区湯島の町は、それぞれの組の神輿毎に色とりどりの半纏をまとった威勢のいい男性女性が集い、湯島天満宮までの道のりを埋め尽くしていました。一本道に神輿が並んだ様はまさに圧巻でした。

わが支部の所属する組の名前は天梅(てんばい)会。稽古場から少し歩いたところに湯島天満宮まで続く一直線の道があります。日曜稽古を終えて、詰所で半纏を借りてみんなで向かうとそこにはわが支部の特攻隊長である宮本拓さんがおられるではありませんか!頭ひとつ飛び抜けているのですぐわかりました。少年部の子たちも含め、総勢6名で向かうと、拓さんが入れ入れと手招きしてくれて、代わる代わる担ぎ棒を持たせてくれました。担ぎ棒はずっしりと重く直径15センチくらいの木製の丸棒で漆塗が施されていました。(けやきの無垢材で作られているような気がしましたが間違っていたらすみません。)

オイサ、フーワ、オイサ、フーワ!という掛け声をみんなでシャウトしながら、上下に少しずつ揺れる棒と自分の肩が離れないように自分の体も上下に動かします。最初はその感覚がわからず、神輿が揺れる度に肩に棒が当たって痛いのですが、徐々に一体感を持って担ぐことができるようになります。でも、次第に担ぎ棒の重さが肩にじわりじわりとのしかかってきて、そろそろ限界を迎えます。そうすると、隣を歩いてくれている男性がタイミングよく入れ替わってくれて、私はお役御免となりました。初めての経験でしたが、この歴史のある例大祭を目撃できただけでもラッキーだったのに神輿まで担がせてもらってなんて運のよいことでしょう!

約20騎の神輿が湯島天満宮に入っていく宮入りでは、神輿が一騎ずつ入っていきます。わが天梅会の番になり、オイサオイサの掛け声をかけながら、境内を練り歩き、拝殿の御前で神輿を高く担ぎ上げ、湯島天神の神主さんに拝殿で祈祷してもらい、みんなで二礼二拍手一礼して宮入りは終了。


里伊奈先生によれば、今日のこのお祭りは毎年やっているものの、すべての組が一堂に会するのは四年に一度で、かなり大掛かりなもののようで、そんな貴重な日に立ち会えてさらにびっくり。



日曜稽古の6名はそんな訳で短時間ながら神輿を担いだことで、よい足腰のトレーニングをすることができました。





5月6月はお祭りの季節。全国各地で古くからの歴史を守りながら、いろんなお祭りが行われていることと思いますが、そんななかでも、湯島天満宮をいただくこの町の人たちの熱気は日本一だったのではないかと思います。よい経験をさせていただきありがとうございました。



東京お茶の水支部、この夏もこの勢いで乗り切っていきましょう!


第6回総本部交流大会 レポート お茶の水道場 大谷智通


「あと、30秒ぅ!」


野獣の咆哮のような上島先輩の秒読みが、喧騒の中からはっきりと聞こえる。もう30秒経ったのか――まだ体力はあり余っている。呼吸も苦しくない。突き――場所を打ち分けなくても当たる。前蹴りも――おお、素直に刺さる。そうだよナァ、いつも道場の組手では自分の突きや蹴りが当たらないと思っていたけど、あれは先輩らの体捌きが速すぎるんだ。特にチャントモ先輩、あの人を標準で考えたら駄目だ。相手の下段蹴り――鳥海先輩の下段の方が十倍は効く。あの、まともに喰らうとしばらく歩けなくなる下段。田村先輩のような死角から後頭部を刈り取るような上段も相手からは出てくる気配がない。もっと攻めに、リスクをとりにいってもいいだろうか。


「あと、10秒ぅうう!!」


うわ! 上島先輩の声、むちゃくちゃ響くな――。声の大きいセコンドがいるってのは、大きなアドバンテージだよな。いいぞ。後10秒か。とにかくラッシュで前に出よう。目の前にビッグミットがあると思え。前に。前に。前に。


「――やめ!」


試合の終わりを告げる主審の合図で、最初の立ち位置に戻る。判定――前にいる副審の赤旗が上がれば、勝ちをそこそこ期待していいだろう。真後ろの副審の様子は見えない――後ろを振り返って見たりしたら、土壇場で減点されたりするのかな? 延長戦になるだろうか。呼吸は――大丈夫。あと1分の延長があってもいける。


「判定を取ります。判定……!」


※※※


腕試しをしてみたかった


「3月の総本部交流大会に出場されますか?」


 道場に入門してから7ヶ月ほどがすぎた1月のある日、砂川先生から不意にそう声をかけられました。それまで、大会には出たことはおろか、稽古での組手も下の帯色なりの約束組手のようなものがまだ多かった時期です。刹那、「今回は出場を見送るべき10の理由」というビジネス誌の見出しのようなものが脳裏に浮かびましたが、ほぼ同時に湧いた「試合で腕試しをしてみたい」という強い好奇心の前に霧散し、思わず「はい!」と妙に元気のいい返事をしてしまったことを覚えています。試合までの多難さを想像して「これは大変だぞ……」と頭を抱えたのは、道場から帰宅する途中の電車内でやや冷静になってからのことです。

 それでも、いざ大会に出場するとなると、やはり試合会場で「勝つ」ということが最大の目標となりました。しばしば、「スポーツは試合の結果がすべてではない。その過程で得られるものこそが云々」などと言われますが、勝つのと負けるのとではその後しばらくの気分が大違いだと思うのです。それは後々諸々のパフォーマンスにも影響することでしょう。後日、自分のエントリーした階級は上の階級と統合されて、さらにはワンマッチになることが判明します。ワンマッチ=1回勝てば優勝(!)ですから、そのことがわかってからは、より強く勝ちを望むようになりました。

 ただ、道場に入門して空手を始めるまで、運動らしい運動といえば月に一度ほど船の上で魚を相手に竿をシャクるくらいのものでしたから、自分の運動能力は「人並みかそれ以下」という自覚はありました。また、大会は階級が細かく分かれており、基準となる体重からやや上でしかない自分は、フィジカル面での有利さも「ほぼないか、やや不利」と見積もることもできました。

 しかし、試合に出るからには勝ちたい。では、どうすればいいか。試合時間は本戦1分・延長1分でやり直しも効きませんが、幸いにも試合までは丸2ヶ月あります。事ここに至っては、腹を括って、試合で勝つ可能性を少しでも上げておくためにできるかぎりの準備をしておくことにしました。


方針は「対戦相手よりも稽古をする」


 この歳になると、「人間はコツコツと積み上げた以上のことはできない」ということを経験から知っています。今回の大会に関しても、「漫然と稽古をして試合のプランを詰めないまま会場に行ったが、なぜか勝ててしまった」というような虫のいいことを期待しているようではいけません。稽古中にできもしないのに、本番で「相手の攻めを見事に捌いてカウンターを決める(井村・スタイル)」とか「怒涛のコンビネーションで相手を圧倒する(チャントモ・スタイル)」ということは起こりえません。ただ、自分がエントリーしたのは、初出場やそれに準ずる人間を集めた階級でした。従って、比較的短期間の詰め込みでも対戦相手と有意な差が出る余地がまだ残っているかもしれません。そこに賭けて、まずは対戦相手よりも練習量を積み上げるべく、それまでは週に2回通っていた稽古を、3回に増やしました。とにかく道場での稽古に出る回数を増やすことが、今回の大会においては最も効率よく勝つ可能性を上げることに繋がると考えたのです。


 参加を決めてから大会まではちょうど仕事が立て込んでいた時期で、「明日の朝一締め切りの仕事がまだ片付いてないし、今日は稽古を休もうか……」と思うこともままありました。そのような時は、「今日稽古に行かなかったことで試合に負けたら、この選択を当分の間は後悔することになるぞ」と自分に言い聞かせ、道着をバックにえいや! と押し込んで道場へ向かったものです。実際、稽古に出て道場で思いっきり体を動かしてみれば、根を詰めた仕事の気分転換にもなるのです。また、毎週月曜日の稽古後には、自主練として10本の坂道ダッシュや3分5セットの四股踏みを行い、結果的にこれらは、自分が会場に持っていけた「自信」の一つになりました。道場では先生や先輩方も試合を目標とした稽古をつけて下さり、「チーム砂川」然としたサポートの手厚さにはしばしば恐縮してしまうほどでした。

 毎回の稽古の終盤に行われる組手では、先輩方にさっぱり歯がたたず、毎度のようにいいのをもらって体のあちこちに青痣をつくりましたが、それだけに、自分の組手の課題を幾つも見つけることができました。動物に物事を学習させるときもそうなのですが、まずは痛くなければ、理解しないし覚えないんですね。課題の大半は、大会までの2、30時間の稽古で克服できるものではありませんでしたが、それでも、試合で勝つために必要な幾つかの要素は身につけることができたように思います。稽古後の検討では、先生や先輩方が、長年の稽古で少しずつ培ったであろうテクニックや知見を、こちらが尋ねるままに惜しげもなく教えて下さいました。そんな先生や先輩方に感謝をしながら、「ここまで協力していただいているのに、大会であっさりと負けては申し訳が立たない」という思いも強くなり、それは、大会まで自分なりのストイックな生活を維持するための適度なプレッシャーにもなりました。


万全の体調をつくる睡眠と食事


 当日に病気になっていては元も子もありませんから、体調の管理には特に気を配りました。インフルエンザが猛威をふるっていた時期でしたので、予防接種をしたうえで、外出時にはマスク、帰宅時には手洗いとうがいを徹底しました。

 稽古で消耗した体力を回復させるために十分な睡眠も必要でしたが、かねてから不眠症の気があるため、薬を使用して睡眠の管理をしました。薬を使って寝ると翌日しばらく反射が鈍くなるので、試合の前日は使えませんが、前々日まではそれで規則的な睡眠時間が確保できました。

 体調の基礎となる食事については、2週間前まではバランスを重視し、免疫の多くを担うとされる腸内細菌の餌となる食物繊維を積極的に摂りました。また、おまじない程度のことですが、日毎に種類を変えたヨーグルトを欠かさず摂取しました。腸内細菌叢には個人差があり、「その人間にとって最適な乳酸菌」というものが異なるのだそうです。

 1分間の短期決戦となると、それはほぼ無酸素運動になります。無酸素運動時のエネルギーは筋肉や肝臓の中のグリコーゲンを瞬時に分解して生み出されますから、試合中にパフォーマンスを極力低下させないために、このグリコーゲンを体内に十分ストックしておく必要がありました。そのため、試合まで2週間を切ってからは、毎食のメニューにグリコーゲンの元になる米などの糖質を増やしていきました。マラソン選手などが調整に取り入れている「カーボ・ローディング」というやつで、ずっと以前、ロードバイクに乗っていた時に、その効果を実感していました。

 試合まで1週間を切ってからの食事のメニューでは、腸に滞留しやすい脂質の多い食べ物や、消化に時間のかかる生モノ、ガスを発生させやすい食物繊維を控え、糖質の割合をより増やしていきました。そして3日前までは米から、2日前からは消化吸収が早いパスタやうどんといった粉物からメインのカロリーを摂取するようにしました。この時期のメニューではどうしてもビタミンなどの微量栄養素が不足しがちになるのですが、それらは応急処置的に錠剤で補いました。「食」について色々と工夫することは普段からの趣味でしたので、これら食事の調整は、たいした苦もなく楽しみながら取り組むことができました。


昇段審査会から闘争心をコピーする


 衆人環視の中で見ず知らずの人間と素手で殴り合うなどということは、よくよく考えれば、いや、よくよく考えなくても非日常的な行為です。試合中ふとした拍子に我に返って集中を途切れさせるようなことのないように、「闘争心」をきっちりと仕上げていくということも課題でした。

 普段は気迫や闘争心のようなものとはおよそ無縁の生活を送っているので、どのようなイメージ・トレーニングをすればよいか悩みましたが、これについては、大会の半月前に砂川先生と泉先輩の昇段審査会の応援に行き、お二人の十人組手を間近で見たことが非常に大きなプラスになりました。

 全身から気迫放ち、終始冷静かつテクニカルに試合運びをされた砂川先生。途中で拳が砕けようとも、鬼の形相で組手を完遂された泉先輩。間近で感じる見知った方々の気迫や闘争心は、DVDなどで見る過去の選手の組手とは比較にならない強烈な印象を伴って心に響きました。十人組手の動画はYouTubeにアップされたため、お二人の気迫や闘争心の一部でもコピーできたらと思い、試合当日の朝まで動画を何度も見返して頭のなかでトレースしました。


地獄の追い込み稽古


 大会の一週間前の日曜日には、泉先輩が追い込み稽古をプロデュースして下さいました。これがまぁ、普段の稽古の運動強度を「1」とすれば、誇張でもなんでもなく「8」相当のものだったのです。通常の稽古をこなした後に、ミット移動蹴り×3、ビッグミット1分×5、サンドバック・ガンダム・シャドーのルーチン×18、サンドバックへのラッシュ1分×5、拳立て×30、ケトルボール2分……と、いつ終わるとも知れない追い込みが続きました。「これは、まともな人間のやることだろうか……」と思いながらふと横を見ると、砂川先生などは、口を塞いで呼吸制限をしながらビッグミットに打ち込みをしているではありませんか。

 稽古が始まってから2時間以上がすぎ、もうずっと前に枯渇したスタミナで拓先輩の「ガンダム」とやり合いながら、朦朧とした意識の中で薄っすらと「いま東京23区内に地獄があるとすれば、それはこの道場だよな……」と思いました。しかし、その地獄をどうにか踏破してみれば、追い込み稽古は「対戦相手は絶対にこれだけの稽古をやってはいないだろう。ここで、『差』がついたぞ」という大きな自信になりました。

 その後は試合まで一週間の休養期間に入りました。直前に稽古をしないことは不安でしたが、限界以上に追い込んだ後にしっかりとした休養に入ると、疲弊した肉体がみるみる回復していくのですね。大会の前々日くらいには、カーボ・ローディングの効果も上々で、体にエネルギーが満ち、慢性化しつつあった怪我もすっかり治っていました。体の傷や疲れを癒やすとなると、自分は近所にある温泉施設に行くのが常なのですが、砂川先生から「筋肉が緩みすぎないよう、試合の数日前からは湯船に入らないように」というアドバイスをいただき、事なきを得ました。


第6回総本部交流大会


 いよいよ試合当日。前日の睡眠時間の確保を懸念していましたが、前々日に仕事が修羅場を迎えて徹夜をせざるを得なかったことで、幸か不幸か前日の20時には薬を使わずに寝入ることができました。おかげで、試合直前のコンディションは非常によかったと思います。9時の会場を睨んで朝の6時に起床し、糖質が多く食物繊維の少ないバナナを2本、数時間でエネルギーになる糖質のゼリーを2パック、電解質を溶かした水とカフェインの錠剤を摂ってから、会場である西早稲田の新宿コズミックセンターに向かいました。

 会場では、上島先輩がミットを持ってきて下さっていました。ただ、不思議なことに、なぜかミットと一緒になぜかアトラスオオカブトの野生種を携えておられました。空手界広しといえども、試合会場に東南アジアのカブトムシを持ってきた人間は、上島先輩が初めてではないでしょうか。ともあれ、ミットを使ってアップができればそれに越したことはありません。ここでも「チーム砂川」のサポート体制に感謝をしつつ、開会式からほどなく始まる自分の試合に向けて集中力を高めていきました。

 1分間という短い試合時間に持っていける策はかぎられますが、あらかじめ「様子見はせずファーストコンタクトから相手を壊すつもりでいくこと」「終始前に出ること」「前半のうちに一度は上段蹴りを出すこと」という3つの試合プランだけは決めていきました。

 試合会場では直前の5組が椅子に座らされ、ところてん式に前に進んで行きます。横の椅子に座る対戦相手をチラッと見て、事前にSNSで写真を見つけていた方であることを確認しました。この期に及んでどうにかなるものでもないのですが、事前のイメージ・トレーニングで想定していた対戦相手ということがわかって、一安心です。本戦1分、延長しても合計で2分ですから、前の組の試合はサクリサクリと終わっていきます。自分の試合が近づくにつれてさすがに幾分緊張してきましたが、調整が上手くいったことで気力と体力は充実し、地に足はしっかりとついていました。

 そして、遂に自分と対戦相手の番号がコールされ、冒頭に記したシーンに繋がります。結局、本戦で判定勝ちを収めることができました。後にゆっくりと考えると、「終始前に出たこと」が功を奏したのでしょう。そしてそれは、稽古に出た回数、追い込み稽古をこなしたこと、圧倒的に強い先輩方との組手の経験などが、試合中に大きな自信にまで昇華されたことで可能となったように思います。

 ワンマッチでの勝利はすなわち優勝ですから、嬉しかったのはたしかですが、判定で自分が勝ったことを認識した時は、「ただただ爽やかな気分だった」というのが正直なところです。初めて試合に出て勝つことができた私を、道場のみなさんが祝福して下さいました。衆人環視の中で空手の試合をし、あまつさえ優勝するなどということは、一年ほど前までの自分には想像もできないことで、なにやら感慨深いものがありました。


※※※


 大会が終わってからしばしの時が経ち、自分が今回このように貴重な経験ができたのは、砂川先生はじめ先輩方のおかげであるナァと、しみじみ思います。みなさんは、大会に出場すると決めた自分に、試合のための稽古を真摯につけて下さり、また、多くのサポートをして下さいました。他の道場のことは寡聞にして知りませんが、砂川道場という環境にいなければ、自分は空手を続けておらず、試合にも出ず、交流大会で優勝もできなかったような気がします。

 今後とも稽古に励み、また今回のような大会にも積極的に出場していきたいと考えていますが、自分が空手をやっている環境は素晴らしいものであるということは、いついかなる時も決して忘れずにいたいと思います。そして、「自分が今回の大会に出るにあたって受けたサポートや心配りを、今度はみんなにお返しせねば」と心から思えるいま、自分にも「チーム砂川」の一員としての自覚が芽生えたことを感じる次第です。押忍。



東北シニア大会 お茶の水道場 宮本拓


11月後半に毎年福島市で行なわれる東北空手道選手権大会、同時開催東北シニア空手道選手権大会は、我がお茶の水道場にとっては、欠かすことの出来ない行事となって今年で4年目になります。

選手としては今回で3年連続の出場となりますが、これまで2年連続で滝嶋先生の放つ白河道場の猛者たちに惨敗して来ました。

3度目の正直で今年は誰に当たるにせよ、最低でも表彰台に上がって帰って来よう、むしろ久美子先生に表彰台に上がって頂こう、と決心し東北に向かいました。



毎年恒例となっている「串焼きKONNO」での前夜祭が、1ヶ月前に予約を入れようとしたにも関わらず埋まっているというトラブル。


「嗚呼、今年はあの大量のお通しもKONちゃん焼きもおあずけか」と諦めていたところ、滝嶋先生のご機転により2次会で滑り込むことに成功。

短時間ではありましたが、名物を一通りと、無事にマスターであるKonno氏の顔を拝むことも出来て良い気分で宿舎に帰りました。


翌朝、会場の国体体育館に向かい、選手受付を済ませます。
まず第一の楽しみである三瓶先生デザインによる参加賞Tシャツを興奮しながら開封。パンフレットの組み合わせ表よりも先にシャツのデザインをチェックします。今年は金文字のドライTに!これはボディトレで大活躍間違いなし。


大会スタッフには白河道場のメンバーがずらり。お馴染みのカラテ熊の描かれた黄色いジャンパーです。
最近背がどんどん伸びてきている息吹は時計係。「砂袋を投げる係か」と聞くと「アズキですよ」とダメ出しされてしまいました。大学か専門学校で東京に出て来た彼にメシをおごる将来の自分の姿が思い浮かんでしまう、楽しみな少年です。

緒戦を本戦の判定で勝利することが出来、続く準決勝では1回戦で技ありを取って勝ち上がった強そうな選手だったのですが、全力で戦い、最終延長で何とか勝利することが出来ました。

いよいよ次は決勝。

毎回のように試合に出ると呼吸の仕方が悪いのか、気管支がいかれる自分なのですが、今回は余りに痰がからんでいたので、舞台の上でつまって大惨事なんてことになると困る、とトイレで全部吐いて、控え室で5分寝てから決勝に臨みました。


トーナメントを勝ち上がれば誰でもそうだと思いますが、この時点でかなり満身創痍です。
応援に駆けつけてくれた私と同じプロレス、格闘技ファンでもある井村さん(同学年)と、決勝を待つ段の下で「こういう舞台に上がりたくてやってるようなものなんだよな」と感慨深く話していました。

決勝戦では序盤に相手の突きが偶然のどに入ってしまい、それでなくてもむせかえっていた自分には泣きっ面にハチ状態に。
相手の軽部さんは福島道場の黒帯の先輩たちと厳しい稽古を積まれている方でとても強かったです。


ビデオを見返すと最後までやりあってるように見えるのですが、本戦引き分けで延長となった時に、あまりの満身創痍でほんの一瞬「もういいか」と思ってしまいました。結果延長で旗は向こうに上がり準優勝となりました。



昨年同様「勝つ」ことへの執念が相手の方が勝っていたこと、これが敗因です。閉会式で三瓶先生が惜しくも敗れた人には何か足りない部分があったのでは、というようなことを話されていて、まさに自分への言葉ではないかと思いました。



2位とはいえ結果を残せたことは、稽古したことは裏切らないんだな、と自信にも繋がりました。
また一般部で優勝なさった空手界のレジェンド、鈴木国博先生と空手着を着て同じ舞台で表彰式に出られたことは一生の思い出です。

この大会に関わる全ての方々、応援してくれた全ての方に感謝したいです。また来年も出場出来るよう積み重ねて行きたいと思います。

押忍


【地域こどもプラザ】にて第1回親子空手&体験会 お茶の水道場 砂川久美子

毎年行われている【地域こどもプラザ】、主催は文京区青少年対策湯島地区委員会ですが、湯島・本郷地域の中学生が中心となって青少年が企画して準備して実行する主役はあくまで子どもたちというとても素晴らしいイベントです。今回の舞台は本郷台中学校。協力する団体も年々増えていて、新極真会お茶の水道場も一昨年から毎年参加させていただいています。

2015年3月15日(日)武道場にて親子空手&体験会を行いました。当初の話では演武ということでしたが、会議に参加したところ、「自由に!」ということで、以前からやりたかった「親子空手教室」を実行することになりました。

当日は17組の家族とお手伝いに来てくれた一般部と少年部、総勢約60名の参加があり、大いに盛り上がりました。

柔軟では、日ごろ運動から少し遠ざかっているお父さんお母さんもいて、かなり苦戦していました。普段の生活で腹から声を出すことはほとんどないと思います。出すとしたら子供を叱るとき位ですかねー(笑)。
基本稽古の体験では、まずはお腹から声を出してもらいました。声を出した瞬間みなさんの表情がパッと明るくなりました。突きに続いて蹴り技。前蹴上げ・前蹴り・廻し蹴りの3つ。初めてのお父さんお母さんも見よう見真似で一所懸命動いていました。ご自身の子に間違えて蹴りが軽く当たってしまい泣かせちゃったトラブルもありつつの基本稽古の体験終了。

次は実践に近いミット打ち。まずは子供たちが見本を見せます。いつもと違い、見られている環境だけに熱のこもったミットに。普段、道場が狭くて見学スペースがないので、どれだけ成長したかをこの日久々に感じたことでしょう。カメラを片手に嬉しそうなお父さんお母さんの顔を見れた私はとても幸せな気分になりました。さぁ、次はお父さんお母さんの番です。子供達の視線を背中に感じながら、これまた一所懸命突いて蹴ってハッスルハッスル、ストレス発散。

続いては補強運動。子供達の腕立てが終わったら、お父さんお母さんとチェンジ。さぁ、お父さんお母さん、腕立ての体勢になりましょう。はい、子供たち乗りなさ〜い。あちらこちらから悲鳴のようなどよめきが聞こえてきました。いち、にい、、、ふと見ると、そのまま子供につぶされていたり、断念してにこにこ周りをみていたり、最後まで必死に10回やり遂げたお父さんもいました。さすがです。
親子の触れ合いはここまで。

最後は、型と試し割りの演武。稽古の成果を魅せるんだ、子供達よ。

まず始めに白・橙帯による太極1。続いて青・黄帯による平安2・突きの型。みんなカチンコチン緊張していたけどその中で最後までよく頑張りました。

続いて試し割り。試し割りは常にぶっつけ本番。 少しでも躊躇すると割れずに突いた、蹴った手足が痛い、本当に痛い。だから気持ちを強く持って臨むのが試割り。今日、初めて体験した子も多かったですが、割れたその瞬間から自分に自信を持つことが出来たのではないでしょうか。

いろんな体験をすることによって自信がつけたり、挫折したり、気持ちが強くなったり、痛さを知ったり、やさしさが身についたりします。私たちは空手を通して子どもたちにその体験をしてもらっています。時には厳しく、時には盛り上げて、子供達の心と身体の成長のお手伝いが出来たらといつも思っています。

体験に来てくださったご家族の皆様、朝早くからお手伝いをしてくれた道場生の皆様、本当にありがとうございました。とてもよい親子空手&体験会が出来ました。感謝感謝です。

押忍


K(カラテ)-ビューティーについての考察(笑) お茶の水道場 木村さつき(希望・未来母)

先日、初めて空手体験をした。子ども達がお世話になっているお茶の水道場の地域イベントで「親子空手体験教室」なるものが開催されたからだ。

 以前より「武道」というものに憧れを抱いてはいたが、学生時代は球技系、卒業後はチャラ系スポーツを彷徨っていた私にとっては「空手=別世界の人間がやるもの」と思っていた。結婚後ますます本気スポーツから遠ざかっていたが、初めて目にした演武の凛とした美しさ、張り詰めた空気感には改めて憧憬の念を抱かずにはおれなかった。

 そんな40代主婦が、子どものつきあいの都合上(スミマセン^^;)初めて「蹴り」「突き」の真似事をやったのだ!柔軟から始まり「型」のさわりを少し・・・。

え?何?このイタ気持ち良くって身体がぐぐぐーーっと伸びる感じ!お手本の久美子先生とは似ても似つかないけど、自分が今までやっていたストレッチより身体が伸びるのびる!!蹴りのために足を上げようとすると、自分の限界以上に足を開かなくてはならず、普段だったら「絶対無理」なところまで足が上がってる!!これって空手マジック? ハアハア言いながら痴態をさらけ出していたのは承知しているが、まあ親なんてみんな似たり寄ったり、それに他人なんて見る余裕も無いでしょ。と楽天的に構え、突いたり蹴ったり仮想の敵=ダンナを倒そうとついつい本気モードに入っていた。
主人もメタボな腹を波打たせ意外に熱心にやっていた。やはり「無心に身体を動かす」と本能的に身体がヨロコブのか…?

気持ちの良い汗をかいた身体はちょっぴり痛いけど、薄いコルセットで引き締められて余分な水分が流れ細胞密度が高くなった感じ!?お腹も凹んで背筋も伸びて目線も若干高くなったような…?

戦うのが目的じゃなくても、身体を気持ち良い状態にキープするために空手の無駄のない動きは非常に効率が良さそう。と、40代主婦は感じた。
これでキレイになったら、K(カラテ)-ビューティーとでも言おうかしらん。韓国の化粧品じゃないけど!(流行りのコトバでそう言うらしい)

先生、イベント写真がHPにUPされていましたね…。予想以上のオバはんな自分がコワくてなかなか直視出来なかったです…(涙) 現実を見させて下さりありがとうございます!

押忍!


東北大会を終えて  お茶の水道場 宮本 拓

普段は仲良くさせて頂いている白河道場の野崎さん(タメ年)との試合ということで、やりずらいな〜と思っていたのですが、 タメ年とはいえ相手は空手歴15年のずっとベテランですし、何度か試合を見たことがある中で、体は細いながらも強い組手を する印象が強かったので、今自分に出せる全力の技で挑んでみよう、と決心し東北に向かいました。



もちろんこの東北大会、前日は「串焼きKONNO」で宴会をするのは外してはならない行事です。
酒も食事も美味しいので岩本さんから「たくさん、それくらいにしといた方がイイですヨ」と言われるまで飲み食いしてしま いました。しかし2次会に向かう応援団を尻目に1次会で切り上げました。

ちょっぴりリッチな「リッチモンドホテル」に滞在したこともあり、快適に朝を迎えることができました。

体育館は毎年同じなのですが、会場の雰囲気は、「昔の極真の大会」という感じで、会場入りすると自然と身が引き締まります。

アップ会場に入ると毎年同じような顔ぶれの選手が多く、去年の大会からまるで1日しか経っていないような錯覚を覚えます。



いざ試合の時間が来て相手側に並んだセコンドを見てみると、岩本さんをはじめ、白河道場のメンバーがずらり(笑)
息吹やギターのメガネ君まで居ます。
そして目の前には野崎さん。
気は引き締まっているのですが、なんだか楽しくなってしまいました。

試合が始まってみると思っていた通り威力のある技をポンポン放ってきます。
こちらも力の限り下段3連発や左中段にかなり強烈なのを見舞ったつもりだったのですが、全く下がる気配がありません。



いまいちとらえ切れず、相手の先手を少し貰いすぎているかなというところで本戦終了。
判定は引き分けでしたが、斜め前を見てみると審判を務めている久美子先生の旗のみが去年同様相手側に上がっています(゜o゜!)
久美子先生の判定はいかなる時でも間違いありませんので本戦は負けていたのです。


これではイカン!と気を引き締め直し延長戦に。本戦よりは先に仕掛けることも出来、技も色々出せたのですが、やはりとらえきれず引き分け。
その後再延長まで力の限り戦って、結局相手に3本の旗が上がって負けてしまいました。


敗因としては相手のリズムがどうしてもとらえ切れなかったこと、そして最後は「勝つ」ことへの執念が相手の方が勝っていたように思います。
自分は空手をするのに夢中で、勝利への気持ちというのが足りなかったように思います。負けてこんな風に感じたのは今回が初めてです。
自分の中では今までのどの試合より力をつけた状態で臨んだ試合でした。

ドリームカップの時にも書いたかもしれませんが、試合というのは自分の空手を成長させてくれます。今回も技術的なことも含め、 足りないと感じたことが多くあります。そのイメージというのを稽古に反映させることが出来ます。練習の組手と本番の試合は全く 違います。もちろん試合に勝つためだけに稽古をやるわけではなく、空手は総合的に成長するような稽古が大事なのですが、その中 でも試合をしないと気付けない部分というのはとても大きいと自分は感じます。


そんな風に稽古してきたので、夏よりは強くなれたと思います。今後さらに稽古を積み、春くらいにはまた大会に出られたらと思い ます。そして来年の東北大会にも絶対に出場したいと思います。とても素敵な大会ですので、みなさん大勢で参加しましょう。



朝早くから新幹線で駆けつけてくれた井村さんとそのお嬢ちゃん、しろーさん、久美子先生、充弘師範代、滝嶋先生はじめ福島のみなさ ん、この大会を開催し続けて下さっている三瓶先生、応援して下さったすべての方に感謝します。

押忍


2013年5月12日、福島県大会の観戦レポート  お茶の水道場 片桐 遥


泉先輩の応援に行ってきましたー!(前日に思いつき)


清家さんの運転で、出発〜!
快晴、ナイスな音楽をかけて。東京の街を抜けると、田んぼや山がお出迎え。自然大好き旅好きとしては心が踊りだす。
山登りにハマっている清家さんも同様に。泉先輩の緊張をよそに2人でウキウキ。
しまいには、「もうルート変更して、今日は山登ろうか!!!」とか言う。ごめんなさい。笑)
そんな様々な誘惑と戦い、なんとか那須高原のパーキングエリアに到着。
「黒とんこつラーメンとぎょうざ」それに「あおばと豆乳ソフトクリーム」をごちそうになり、一瞬でたいらげる。
久美子さんへの差し入れに余念のない清家さん。カレーパンだのクリームパンだの、餃子パンだの!!
久美子さんの喜ぶ顔を想像して、あきらかに高カロリーの品物ばかり選んでいた清家さん。
ここに愛を感じる。

会場に到着!!
前日入りの中村さん発見!(前日入りの)
少し眠そうな表情、声も枯れている。
これはきっとというか絶対、飲み明かしたのですね。(朝4時までとか)
さすが、栄養クラスのリーダー。

お、入場前の選手達!!
その中に泉先輩発見!!あまりの緊張に手足同時の行進になっている!笑)
いや、どんな緊張感の中でも、「ユーモア」を忘れない泉先輩の心意気。

あ、審判服の久美子先生を発見!!やけに審判服が似合ってる。なんでかな。

ついに泉先輩、1回戦目。
何か狙いを定めているような…飛び出した鋭い突き。重い!!!ぐんっと伸びていくような突きに見えた。そしてどこかのタイミングで、3発連続、中段突き!!!!相手選手がお腹を手で押さえてうずくまり…泉先輩1本勝ち!!!決めポーズ!!!あっという間でした!

2回戦目。
押し切る押し切る。本戦の2分間、とにかく出し切っていました。相手選手の1発目の前蹴りが実は効いていた、と、試合後言ってましたが、そんな様子は全く伝わってきませんでした。よっ!ポーカーフェイス!!結果、5−0の判定で泉先輩の勝利!!(たしか)すごいっ!

準決勝。
腰が痛い…と言っていたのが気がかかりでした。準決勝は本戦が3分間。(なんと増えるのですか)しかも、試合間も短くあっという間に、泉先輩の出番!とにかく頑張ってもらいたい!

ついに始まりました。
序盤、下段をもらって何度か崩れ落ちたので、疲労がたまっているのかなと心配でした。だけど、突然、スピードが上がって、泉先輩の中段回し蹴りと膝蹴りが入る入る。よしっ、これならいける!頑張れ!ラスト1分!!と言いかけた時、突然泉先輩が倒れてしまいました。全く立ち上がる事ができなくなり、会場が静まり返り…そんなに強く打たれた感じはしなかったので、驚きましたが、きっとさっき言ってた腰が原因かなって思いました。残念ながら、一本負けという判定でした。でももしあそこで立ち上がったとしても、もっと腰が悪化していたと思います。

本人いわく、痛めていた腰のあたりに、ピンポイントに突きが入ってしまったと。背中からの攻撃は本来であれば反則?の様なので、運が悪かったですね。

だけど、だけど!
泉先輩の試合を、本気な姿を見る事ができた私は、運が良かった!
実は、泉先輩の試合を見たのはこれが初めて。
得る事が多かった。本当に感謝。
突きで1本勝ちってすごい(酔っぱらって木を殴ったりするだけある)
とにかく、泉先輩の腰が完璧に治って、また本気で戦う姿を見たい!
私だけでなく、皆がそう思っています。だから、みんなで「ちゃんと病院いけ〜〜!!」って言いましょう。
口を酸っぱくして言いましょう。

試合後は、いろいろな方達と談話。
結果、久美子さんの元には、勝手に食べ物が集まってくる事が判明。いろいろな人が「これ食べますか〜?」って来る。
食べ物に非常に恵まれる星の元で生まれたのでしょうか。だから、食べてしまうのですね。
行きに買った清家さんからのお土産、餃子パンも活躍。久美子さん、美味しそうに完食。
そして「食べるのは今日までだから〜〜!!!」と、宣言する。
というわけで、レポートを書いている今(5月15日現在)は、少しずつ自分に厳しく食事制限をしていると思われる。

会場では合同稽古でお世話になった、滝嶋先生や白河道場生の方達や古徳さんと挨拶を交わす。
こうして違う土地に来て、知っている方がいるのはなんだか無条件に嬉しい。人との繋がりは大切にしたい。
そしてまた、どこかで会いたい。そんなわけで中村さん清家さん私は、会場を後に。
帰りの道中もラーメンとぎょうざとソフトクリームを満喫したとかしないとか(今日まで精神)

というわけで、福島県大会。
もう大満足でした。ごちそう様でした!!!!!ありがとうございました!!!笑

今度は私の番。目標に向かって、全力疾走していこう。
頑張ったぶん、何か良いことが待ってるはず!!!!熱い夏がすぐそこまで迫ってるぞ〜〜!!

泉先輩おつかれさまでした〜〜〜!!!

◎おしまい◎


『ゆかいな仲間たちと共に白河・茶水合同稽古』 お茶の水道場 宮本 拓

2/10、待ちに待った白河道場の滝嶋先生による特別セミナーがありました。
今回そのお弟子さん(ゆかいな仲間たち!?)も一緒に、総勢4名で車に謎の巨大鍋を積んで福島から駆けつけてくれました。♪( ´θ`)ノ


また縁のある(これまたゆかいな)先輩方も、この日のために各地からお茶の水道場に集結し、まさに満員札止め状態で稽古が始まりました。




稽古は前回の福島合宿の時にも感じましたが、普段我々が行わないような昔ながらの「極真体操」や、筋(すじ)を意識した柔軟など、新鮮味あふれるものでした。
今回は短い時間ながら、体の使い方一つで上がらない蹴りが上がるようになったり、駆け足立ち、前屈立ちのコンビネーションで相手を転がす「カラテの投げ技」を教えて頂いたりと、本当に興味の尽きない内容でした。


そして滝嶋先生はやはり達人に近い先生ですし、我々と同じ技をやったとしてもそのキレが半端ではありません。
我らが久美子先生も、いつも技のキレが人とは違うなと感じます。

そうすると、この2人方と縁の深い伊師徳淳先生も、生前は同じような技のキレと、ユーモアのセンスをお持ちだったのだろう、と勝手に想像してしまいます。



自分はこのお二方の稽古を受けることで、受けることが叶わなかった伊師先生の稽古を擬似体験しているような気持ちになります。o(`ω´ )o

今回1番感銘を受けたことは、力だけに頼らない体の使い方による一撃必殺の技の可能性、それを追い求めて行くことで、歳をとっても強くなれるのではないかという理念。
先生の追い求めるものは猪木さんの言葉を借りれば「格闘ロマン」。まさにそんなものではないかと思います。
自分も空手をこれから長くやって行く中で、そういうものを追い求めて行きたいと思いました。ψ(`∇´)ψ

稽古の後は(いらっしゃった本来の目的!?)懇親会です。
謎の巨大鍋の中身は、滝嶋先生がこの日のために、わざわざ数日間かけて仕込んで来て下さった「極真名物・水炊き」です!



まさにカラテ流ちゃんこ鍋、あのマス大山総裁や数々の極真の偉大な先輩方も味わったであろう、伝統の味です。
鳥の骨がそのまま食べれるほど時間をかけて煮込んだ鍋は絶品でした。(=゚ω゚)ノ

泉初段、並びに私宮本4級が演武(余興!?)を披露させていただき、懇親会その1は大盛況のうちにお開きとなりました。


懇親会その2は湯島のもんじゃ焼きの名店「えん」にて、そして懇親会その3はお茶の水駅近くの店で朝までカラオケ稽古、その後自分は参加出来ませんでしたが、泉邸にて懇親会その4が催された模様です。



翌朝、滝嶋先生とそのゆかいなお弟子たちは、二日酔いになることもなく、ピンピンした状態で福島へと帰って行かれたとのことです。さすがです…。(つД`)ノ

今回このような機会を設けていただき、本当にありがとうございました。近い内に、いや定期的にこのような交流をして頂けたら幸いです。m(_ _)m



『楽しく飲もう白河・茶水合同稽古』 お茶の水道場 泉 充弘
女子合宿+αから約1年。

白河道場とお茶の水道場。の合同稽古会がありました。

女子合宿以降。滝嶋先生と茶水軍団のボス久美子先生がちょくちょくくだらない話で盛り上がっているのは知っていました。

そんな中、『呼びましょう!!』と話になり、サクサクッと日程も決まり開催されることになりました。



前回の女子合宿+αの稽古の時に、体の使い方や意識の仕方、武道空手として多くの事を学ばせていただいたので、今回はどういった稽古をするのか、その後はどういった飲み方をするのか当日は、午前中から楽しみでしょうがなく、そわそわしていました。




稽古は、始まってすぐに、滝嶋先生が『私は適当です』と突然のカミングアウト!!
すぐにファンである高田純次を思い出してしまい、久美子先生に『笑うと笑顔になるね』など適当過ぎる発言を言い出さないか心配してしまいましたが、そのいい意味での『適当』の内容を稽古、日常生活に結び付けて説明され、全くもって心配無用でした。


 三戦立ちの立ちかたでも、肘の位置を変えるだけで安定した立ち方になったり、余計な力がどこかに入っていて、その力を抜き、必要な力をほんの少しサポートするだけで蹴りの高さが変わったり、基本稽古の中だけでも、体の部位や、意識を変えて稽古しただけで、人間の体の面白さ、空手としての面白さを発見することが出来ました。



教わる人が変わればもちろんの事、場所、一緒に稽古する人が変わるだけで、雰囲気が変わり、意識が変わる。そういったちょっとした変化で新たな気付きや発見があるから空手は楽しいと実感することが出来ました。





 稽古終了後はメインの!?飲み会!?いや、懇親会!!
懇親会の意味を調べると、参加した人々が互いに知り合い、また、親しみを深めるための会。飲食が伴うことが多い。
 とありますが、お茶の水道場での懇親会は何かが違う・・・。



 そう!!【飲食を伴うことが多い】という部分が、お茶の水道場の場合【とことん飲食にこだわる】のである。

 合同稽古で、共に同じような意識を持ち、汗をかいた仲間が、稽古が終わってからは、それぞれの道場が飲食に対し、ライバル心をむき出し、まるで長嶋監督が背番号3のユニフォームをファンの前に披露した時にジャンパーを脱いだように、道着を脱ぎ対決に備えました。

 滝嶋先生の『乾杯』で口火を切られた茶水懇親会は、極真名物の水炊きを2日前から滝嶋先生が仕込んで用意していただき、全員の感動と白河旋風を巻き起こし、遠慮、譲り合い、という言葉も存在しない雰囲気になり、強制、勢いという言葉が湧き出るような雰囲気で次から次へと冷蔵庫のプロテイン(一般的にはアルコールを言われていますが、お茶の水道場ではプロテインを呼ばれています)がなくなっていきました。



 プロテイン消費量の上位を占めるヨーロッパ諸国も驚きの消費量だったのではないでしょうか。
 第一次懇親会が終了すると、空手の縁で知り合えた道場近くのもんじゃ焼き屋【えん】へ。店名の由来も人の【縁】を大事にした名前だそうです。
 ここまで来たら、プロテインの後押しもあり、みんなのハートは、やめられないとまれない状態!!
 空手に関する話題をメインに【とことん飲食にこだわった】懇親会は6時間を超え終了しました。

と、思いきや次の会場はカラオケである。
 ここまで来たら【とことん欲を満たす】懇親会に変貌を遂げる。
スタートすると、参加者全員が、自分のリミットを切り、翌朝まで欲を満たし続けました。
ちなみに滝嶋先生の歌声に久美子先生は胸キュンしたとかしなかったとか。

 世間的な数え方で、途中仮眠を挟んだとはいえ、5次会まで行ったというのだから、白河道場の方々に極真魂を見せつけられる形になりました。
茶水軍団のリベンジはそう遠くはないはずです。

無論。私がカラオケ終了後、撃沈したのは、言うまでもありません。

 今回は、白河道場の方々だけでなく、古徳先輩や佐次先輩など空手を通じて知り合えた方々とも一緒に稽古することができました。
 故伊師師範の言葉で『素晴らしい人生にいい出会いあり』をモットーにしている私は、今回の合同稽古が今後の人生の『道』を歩んでいく上で、目に見えない大切な何かを得たような気がします。

 これからも、こういった絆を大切にしていけるよう自分自身を高めていけたらいいと思います。
滝嶋先生を始め、白河道場のみなさん本当にありがとうございました。 押忍
(稽古足りない。飲み足りない。歌い足りない。語り足りない。)




BBQ最高 お茶の水道場 大木伸一
皆さんの日頃の行いがよいのか、かたや晴れ女・男が多かったのかとても良い天気が成功をもたらしました。

この会は、一言でいうと、家族でバーベキューを楽しんでいる感じがしてなりません。
一人一人の役割を自然に指示もなく動けるプロの集団です。
仕切りのプロ、チャンリー一生懸命でした。皆さんにエネルギーが伝わりました。



肉を焼くプロ、ケイト君、最高の味でした。お友達の胸肉も柔らかくなった事でしょう。

仕込みのプロ、チャンリーママ、存在感最高でした。
指示系統が的確で流石という感じでした。




飲みのプロ、清家さんの笑顔を見てるとついつい酒が進みます。安心して飲ん兵衛になれました。

食べるプロ、御父兄の皆様、お代わりをして頂きありがとうございます。

遊びのプロ、子供達の笑い声が公園いっぱいに響いていたのが成功の証です。

記憶を忘れるプロ、チャンクミ、ヤギは飲ん兵衛体質まで身内状態のようです。でも飲み過ぎない様にお体にはお気をつけ下さい。



そんな二人が大好きなお茶の水道場生御父兄が一つの家族になり一日を過ごせた事が何より最高でした。

来年も恒例にして、10月体育の日は、お茶の水道場BBQ大会に設定するとまた盛大に盛り上がる事間違いないと感じる今日この頃です。



第1回お茶の水道場BBQ大会 お茶の水道場 指導員 澤田 里伊奈
今回、道場企画第1弾としてBBQ大会をしました。しかし、当初予定していた日にちに台風が来てしまいました。延期というハプニングが起きたのにも関わらずたくさんの方に集まって頂きました。

当日は、まず場所を確保、機材の設置、そして開会式へと移りました。ここでは、私が大会会長として挨拶、そして注意事項をしました。次に、選手宣誓を泉指導員がしてくれましたがあまりウケていない様子でした(汗)

そんなこんなで始まりましたBBQ大会!!


乾杯と同時にお肉をジュージューと焼く音、照りつける太陽、子供たちの笑い声!天気にも恵まれ最高に楽しいです。お腹も落ち着き、ゆったりとしているのも束の間。いよいよ、ミニスポーツ大会の始まりです。少年部のみんなは稽古の時より目がキラキラしているように見えます・・・。

そう、この競争には普段手に入らないレアな「新極真会グッズ」を久美子先生が用意してくれたのです!他にも、沖縄・奄美グッズやなど豪華景品がありました。これには、お父さんお母さんも目が輝いていました。

お父さんチームには、ジャンピングスクワットをしてダッシュ。お母さんチームには、後ろ向きダッシュなど挑戦してもらいました。大学生のともみをはじめ何名か転倒しましたが、最後まで走り抜いてくれました。〜諦めない心〜
身を持って証明してくれた大人たちに感謝です!一旦、休憩をし体を動かした後は頭を使う○×クイズです。最初は、簡単の問題を出していましたが、後半になると泉指導員が上京した年など、ホームページを見てないと解けないマニアックな問題も出題されました。なので、来年参加するそこのあなた!今のうちから予習をしておきましょう(笑)。この後は、おしゃべりをしたり、またお肉を食べたり、自由な時間でした。ふと目をそらすと、大木さん、清家さんがビールを片手に昼寝をしていました。幸せそうに眠っていたのでこちらまで幸せな気分になりました。(笑)


後片付けもみんなで力を合わせてすれば、あーら不思議あっという間に終わりました。
皆さんの協力なしでは、こんなに楽しいBBQ大会は出来なかったと思います。
本当にありがとうございました。毎年の恒例行事にしていきたいと思いますのでどうぞ宜しくお願い致します。お茶の水道場サイコー!!!!押忍。



『地域こどもプラザ 涼』 演武会 お茶の水道場 山本知美
今回、お茶の水道場に移籍して初めて演武に参加させてもらいました。

演武は、道場の近くの小学校であり、たくさんのイベントが行われていました。


その中で、基本・型・組手・試し割りなどを披露し、地域の方々に空手の楽しさを伝えることができました。特に、試し割り・組手はたくさんの方々の前で堂々と発揮でき、私たちも見てくださっている方々も気持ちが高まったと思います。





 型では、私はまだまだ未熟なので出ることが出来ませんできたが、披露をていた仲間を見て、私も早く上達したいという気持ちに揺さぶられました。そして最後にチラシを配っている時に、たくさんの方々から「凄かったね!!」「カッコよかったよ!!」など嬉しい一声をかけてもらいました。


 どんな些細な一声でもかけてもらうと、稽古をする上でとてもバネになります。このような体験は自分自身にもすごくプラスになり、よい経験にもなりました。そして普段顔を合わせない少年部の子供たちや、その保護者の方々とも触れ合うことができ、とてもよい機会になりました。これもまた自分の成長にも繋がりました。


 同じ道場の人とコミュニケーションをとることだけでなく、こうした地域の方々との交流は大切だなと感じました。

   またこうような機会があれば、参加していきたいと思います。
ありがとうございました!!

押忍




試合に初出場して(型試合編)お茶の水道場 山ア大志
 「6月の埼玉交流試合は一般部で型の試合もありますので、どんどん出場してしてくださいっ」稽古終りに砂川先生が連絡事項の一つとしてみんなに伝えました。
その時に、初めて「型の試合があるのか。出てみようかな」との思いが頭をよぎりました。

 私は現在、青帯ですが、今まで型も含めて空手の試合というのに出場したことはありませんでした。ただ、出場をうながされたことはあります。仕事の関係でオランダに駐在していたときに、日本人駐在員の子供たちがメインですが、アムステルダムの新極真の道場に入門しました。この道場は永島支部長がオランダ駐在時に開かれた道場です。私の駐在時は、永島支部長は既に帰国されていて、先生はオランダ人に変わっておりました。ある日、そのオランダ人の先生が、稽古の前に、にこにこしながら私にこう言いました。
 先生「マイスチューデント、待ちに待ったビギナーの組手の試合があるよ。もちろん、出場するよね?」。私(心の声)「試合?ビギナーって言ったって、私はもうオヤジだし、仕事はあるし、その仕事もサービス業だから、試合に出た後、足引きずって仕事できないし、相手はオランダ人だし、オランダ人相手ならばプチ世界大会だし、週一回稽古のサンデー空手家だし、待ちに待ったっていうけど、全然、待ってないし」と否定的な事しか思い浮かばず、又、先生の冗談だと思い、「出ませんよ」と即答で軽く答えてしまいました。先生の冗談ではなかったと分かったのはすぐ後です。私が出ないと答えた後、先生はオランダ人の道場生と話をし始めました。オランダ語で話していたので、内容は理解できませんでしたが、会話の中に、頻繁に私の名前が出ましたので、これは先生の話を断ったことに対するダメだしだなと思いました。このダメだしは20分くらい続き、この日の稽古開始が遅れるくらいでした。

 空手の先生と生徒の関係は、基本、押忍の世界です。これはオランダでも一緒でした。先生の言う事を「押忍」と受け入れて自分を成長させるべきところなのですが、なんと、私は先生にNoと言ってしまったのです。自分から言い訳をして壁を作っているようでは、成長出来ません。。。。。
(後に、駐在員の方で自分から積極的に試合に出て大きなオランダ人と対戦した人もいました。この方のスピリッツは本当に素晴らしかったです。)


 日本に帰国して、ご縁があって砂川先生のお茶の水道場に入門しました。お茶の水道場に入門したのを機に、今までの空手に対する姿勢を改めて行こうと決めました。仕事で忙しい時もありますが、可能な限り稽古に出ようと心掛けていたある日、川崎東交流試合の案内があり、道場生の拓さんが組手の試合に初出場を決めておりました。砂川先生が稽古の終りに「拓さんが一緒に試合に出場する人を募集してまーーす。」と呼びかけていらしたのですが、私は結局、川崎東交流試合出場に一歩踏み出すことはありませんでした。

 このままでは今までと一緒だ、いつかは試合に出場しなければならない、と思っていた時に、埼玉交流試合の案内がありました。川崎東交流試合に出場した、シロー先輩、拓さん、ケイトは雪辱を図る為にすでに埼玉交流試合の組手の部に出場を決めていました。又、直菜ちゃんは組手と型、直帆ちゃんは白帯ながら組手の試合に初出場を決めていました。
皆が果敢に試合出場を決めているのに刺激を受け、中年ど真ん中で残りの人生が薄っすらと見えてきた私ですが、まずは、自分に出来るところからと、型の試合に初出場する事に決めました。

 試合に出場を決めたとなると、後は稽古をするのみです。お茶の水道場は、砂川先生はじめ、型に実績のある人が多く在籍しています。型の稽古には申し分ない環境ですが、逆にお茶の水道場から出場して、試合で変な型を演じてしまったら、これはまずいぞと、気合が入りました。
 規定型は太極1です。砂川先生から、不動立ちの正しい立ち方から、型の中の移動時、前屈立ちの後ろ足を真っ直ぐに伸ばすこと、技の緩急をつけること、などなどの指導を受けました。
繰り返し稽古していく中で、型というのは本当に難しいなと思いました。何回演じても同じように演じるべきなのでしょうが、演じるたびに違う動きになってしまいます。又、染み付いている動きの癖は心掛けていても、すぐには直りません。しかも、試合は一度だけの勝負でやりなおしがききません。今の自分の実力をあるがままに受け入れて、試合でベストの状態で型を演じられるように、繰り返し稽古するしかないと心に思いました。ただ、繰り返し稽古するなかで、猫舌ならぬ猫肌のせいか、足の親指が床と擦れて熱くなってしまいました。足が熱くて稽古を重ねることに少し心が折れそうになりましたが、そういう時には、足の熱さは、心に火をつけるために発火しているんだと思ってしのぎました。(今思えば、熱くなる位、足と床が擦れるというのは、正しい移動をしていないということかもしれません)
試合に近づくにつれて、泉先輩には型の意味の面を、里伊奈先輩、一緒に昇級審査を受けてきた田村さんには動きの面でアドバイスをもらいました。
中年ビジネスマン空手家の宿命で、仕事が忙しくなり道場に通えないときも出てきてしまいましたが、稽古出来ない時は必ずイメージトレーニングをするように努めました。


 こうして迎えた試合当日、緊張してしまうたちの私は、事前準備を十分に備えて試合に臨もうと思っていましたので、試合会場へは事前に調べていた通り、車で向いました。車の中で自分の好きな曲をガンガンにかけて、集中力を高めていこうと思っておりましたが、大人の事情でそれは適いませんでした。
試合会場には受付時間の1時間前に到着することができました。道着に着替え、トーナメントを確認して、トイレも十二分に済ませ、試合場の雰囲気に慣れる事に努めました。試合場内を歩きながら、型の練習をしている他の道場の選手を見ましたが、上手な方ばかりで簡単には勝ちあがれないなと感じました。
 私も泉先輩と試合前の最終確認をしました。泉先輩の発案で私の型を動画に撮って見てみましょうという事になりました。泉先輩ご自慢のXPERIAで、自分の演じる型を初めて見て、愕然としてしまいました。自分では出来ていると思っていることが全然出来ていなかったのです。泉先輩はちゃんと仕上がっていますと言ってくれましたが、先程見た他の道場生が練習している型と自分の型を比較して、これはまずいかなぁと、不安に思ってしまいました。
 ただ、不安が生じても、泣いても笑っても、歌っても踊っても、試合はもう、すぐに始まってしまいます。後は、今まで教わった事を信じて、精一杯頑張ろうと気持ちを切り替えました。

 そして、試合開始です。試合に出るに当たって、自分で決めた事があります。名前を呼ばれたら、大きな声で「押忍」と返事をすること、控え席から試合場中央へは走っていくことの二つです。 名前を呼ばれて、試合中央に走って立ち、主審の合図があり、試合開始です。不動立ちから、下段払い、追い突きへと進んでいきますが、行きの下段払いをして回転するときに、ぐらつきました。このぐらつきの原因は自分でわかっております。柔軟を含めた普段の稽古への取り組みがこういう大事な時に出てしまうということです。最後の不動立ちをして、判定を待っている間、途中でぐらついてしまったので、これは負けてしまったかなとの思いが頭をよぎりましたが、結果的に私の方に判定を頂きました。初戦突破です。試合の後、対戦相手の方がわざわざ挨拶に来られました。実は、試合前の練習を見て上手だなと思っている人が初戦の相手でした。わざわざ、試合後に挨拶に来られる、その礼儀正しさに、同じ新極真空手を習うものとして見ならわなければいけないなと思いました。
 次は2回戦です。
 初戦を終えて幾分リラックスすることができたのでしょうか、2回戦を勝ち上がる事が出来ました。

 そして、決勝戦です。決勝戦の相手は、青帯の女の子でした。
決勝戦の相手の試合を1回戦、2回戦と見させていただきましたが、彼女の演じる型は上手で安定していました。これは、もしかして負けるかなとの思いが、又、頭をよぎりました。でも、その思いは、ここまで来たのだから、出来れば勝ちたいという思いに変わりました。しかし、勝負事なので、結果はどう転ぶかわかりません。それでも、決勝戦の型は、型の中で発する気合と想いが、サマーキャンプにインストラクターとして招聘されて、ノルウェーにいる砂川先生のもとに届くらいの気持ちで行おうと決めました。
 決勝戦は審判が5人制となりました。主審による「はじめ」の号令で、最後の型の始まりです。不動立ちから十字、前屈立ち下段払い、追い突きと進みますが、やはり、下半身が安定しません。ぐらついてしまいました。ただ、気合だけは今までの試合の中で一番大きな声を出しました。
「直れ」の合図で不動立ちになり、判定を待ちます。主審の「判定」の声で旗が上がりました。結果は、赤2本、白3本、2−3で辛勝致しました。
優勝が決まって嬉しいというより、気負いすぎかもしれませんが、型に定評があるお茶の水道場の名を落とさずに済んだことに、ホッとしたという気持ちで一杯でした。

 試合日程が全て終り、お茶の水道場のみんなで、池袋にて打ち上げです。今回の埼玉交流試合では、小学6年組手の部で直菜選手が見事に優勝しました。試合で見せた外から内への上段膝蹴りはお見事でした。直菜選手はジュースで、大人達は酔えるプロテインで乾杯です。試合に勝って、皆さんに祝ってもらって、一緒に飲む酔えるプロテインがこんなに美味しい物とは思いませんでした。

  試合の後、数日経って、一般稽古に出た時に、道場のみなさんや、ノルウェーから帰国した砂川先生が優勝を喜んでくれている姿を見て、私も優勝できて本当に本当に良かったと実感しました。
正直、優勝したことに対して、道場の皆さんがこんなにも祝ってくれる、喜んでくれるとは思っても見ませんでした。

 今回の優勝は、自分ひとりの力では成遂げられませんでした。砂川先生の指導、道場の皆さんのご協力があったからこそだと思います。試合に初めて出場して、色々な課題が見つかりました。普段の稽古をいかに高い意識、目的を持って行うことが必要なのだと、再認識しました。これからも稽古を積んで、自分の課題を消化し、砂川先生が掲げている、型も上手くて、組手も強い、そして、楽しい空手に、少しでも近づけるように頑張っていきたいと思います。 
押忍




女子合宿レポート 福島支部 小板橋瑛子、お茶の水道場 中村政人
3月10日(土)・11日(日)に国立那須甲子青少年自然の家(西郷村)にて、2回目となる『女子合宿』が行われた。この合宿は、故伊師師範との縁から砂川久美子四段を講師として福島県内の数少ない女子道場生に交流の機会と空手の素晴らしさを再認識し、更に頑張ってもらう糧にして欲しいと企画した物。

 昨年2回目の開催が予定されていたが、合宿施設が避難所として利用されたため(約6ヶ月間、最大650名ほどが避難していた。)中止となっていました。今年は砂川久美子四段を講師として招いたところ、ナント将口恵美世界チャンピオンや長谷川真美選手などを含む多数の県外組みも参加し、30名での合宿となり非常に楽しく充実した時間を過ごしたが、奇しくも震災1年の日に開催となり二日目稽古の最後には黙祷を捧げた。
女子合宿レポート 福島支部 小板橋瑛子
 3月10、11日に那須の青少年自然の家で行われた女子合宿に参加しました。 昨年も企画されたのですが東日本大震災で中止になり、一年ぶりに行うことができました。今回で第二回目の開催となります。

 私たち明星大学が白河道場に到着時は皆さん集まっていて、記念撮影などをしていました。前回と同様砂川久美子先生そして、お茶の水道場の皆さん、将口恵美さんや長谷川姉妹など世界で活躍するトップレブルの選手も参加していました。東京からではなく埼玉県や、愛知県、新潟からも参加してくださいました。

 皆でワイワイと楽しく記念撮影を行った後、雪の降る中合宿会場になる国立那須甲子青少年自然の家に移動しました。 荷物などを整えた後、道着に着替え稽古を始めました。基本稽古から移動稽古などを行い、帯別に分かれ型の稽古をしました。稽古では、細やかな体の使い方、蹴りや移動などでのイメージの仕方などを丁寧に教えていただきました。女性だけという普段とは違う雰囲気でしたが、気合いなど、力の入った稽古が出来ました。 夜は親睦会として、夜遅くまで空手や道場のこと、色々な事を語り合いました。

 二日目は午前中2時間ほど移動や型の稽古をしました。トップレベルで活躍する女性空手家の型を間近で見る事も出来ました。その後雪が積もっているとの事でソリ滑りをしました。雪も沢山積もり雪合戦をしたりと楽しい時間が過ごせました。その後午後は那須の温泉に行き最後まで楽しい時間が過ごせました。

 二日間の合宿でしたが、臨機応変にとにかく楽しんで!!という砂川久美子先生の言葉通り、目一杯楽しむことができました。

 指導に来てくださった砂川久美子先生、集まってくださっとた女性空手家の皆さん、お茶の水道場の皆さん、この合宿を企画してくださった滝嶋先生、白河道場の方々、お疲れさまでした。本当にありがとうございました。

女子合宿+α(オマケ参加の部)お茶の水道場 中村政人
 伊師先生が他界してから早くも4年半が過ぎました。伊師先生が生前、空手家として、指導者として、滝嶋先生に厚く信頼を寄せていたと知ったのは、他界されてから少し経ってからのこと。白河道場で保存されていた、滝嶋先生宛に送られた伊師先生直筆サイン入りの演武写真を見たとき、その信頼度をなんとな?く感じることはできました。しかし勝手に送られてきたという説もありますが。(笑)

 久美子先生を始めとする一部のお茶の水メンバーの中では、常々、伊師先生のあることないことを知る滝嶋先生から直に稽古を受けたいとの話になっていました。そんなとき白河道場主催の第2弾女子合宿が予定されていると聞き、「男子も参加させてもらえないですかね・・・」という話が浮かびました。この女子合宿への男子参加計画の首謀者は、男子指導員の泉初段。そしてそれに賛同したのは、伊師先生の酒飲み秘密結社会員の石田しろーと自分。さらに入門後に伊師伝説にハマってしまったTAKU宮本を含めた4人でした。当初は「男は来んな!来たければ女装だ!」と滝嶋先生に一蹴されていましたが、根が厚かましい男子は、「女装でいいなら・・・」と、軽い気持ちでこの合宿に乗り込みます。しかし、移動用車両の手配やドライバーに至る様々なお世話や、いつの間にかメインとなった夜の部の準備のため、白河道場のジェントルメンズがしっかりとその「任」にあたっていて、とても丁重なお出迎えをしていただきました。高速バスに乗り、女装のことはすっかり忘れ、いい旅夢気分で登場した男子は、自分も含めちょっと反省です。

 滝嶋先生が用意してくださった合宿会場は、ゲレンデもある国立の少年自然の家。自動販売機はおろか、売店にも一滴のアルコールも置いていない「合宿」としては、これ以上ない素晴らしい会場でした。到着してから、一面の銀世界に目もくれず、稽古のことで頭が一杯。そのせいか、車から玄関に着くまでの僅かな距離ですら雪に足を取られ、体中雪まみれの者が続出しました。

 そうこうしているうちに稽古の時間。男子メンバーは念願叶って、滝嶋先生に教えていただくことになりました。いつもと違う風景、号令、そして違うメンバー構成。どこか心地よい緊張感。「いつもと違う環境は気づきが生まれやすいんですよ」と滝嶋先生。稽古は、基本を中心に移動へと進みます。合間合間に、丁寧な説明が加わります。基本的な動作に、違う言葉や言い回しで、たくさんの説明をいただきました。印象に残ったのが「腰を落とす」の説明。説明するにはかなり難しいこの感覚を「肩を落として脱力してみな」と一言。自分の目の前にいた石田しろーの腰が、急にストンと落ち着いたのが見えました(本人も多分気づいていたはず)。自分も外回しのときに、左大腿部の付け根あたりを後ろからふいに軽く押されたときのこと、自分の足?と思うくらい軽く理想的な軌道でまわりました。思わず出てしまった表情に滝嶋先生が「自分の体の方が抑制しちゃってるんだよ。ホントはそれだけ回るんだよ」と補足。この合宿では特別な技術や秘策ではなく、基本を基本として正しく理解し、体現するためのコツのようなものを教えていただきました。

 さて、程よく疲労して食事をした後、第2部、夜の部へと突入します。残念ながら、この夜の部、途中ですっぱり記憶が途切れます。残っている記憶だけたどらせていただくと、滝嶋先生を始め、白河道場のジェントルメンズとは、この夜の部でぐっと距離が縮まり、中には震災時の実体験もあり、とても貴重な話を聞かせていただきました。白河ジェントルメンズを紹介させていただくと、自分と同い年で親近感たっぷりの岩本さん、恐らく少年部のママさんの一番人気の野崎さん、この合宿後に間違いなく道着を買うはずの菊池さん。初対面なのにすごく身近に感じる楽しい方ばかりでした。この後、泉指導員によるair長渕がこの宴に華が添えられたのを覚えていますが、その辺から次第に記憶は薄れ、泉指導員の撃砕笑まで披露されていたのを知ったのは翌朝のことでした。

 翌日も午前中は、先生交代!ということで、久美子先生以外の女子も含めたお茶の水メンバーで滝嶋先生から教わります。棒を使って手技をイメージする練習や型にまつわる話など、本当に楽しく、記憶に残る稽古となりました。午後は雪の中でのトレーニング?、夕方は温泉ツアーまで用意され、至れり尽くせりのこの合宿は、事故もなく無事終了。合宿が終わってから、稽古のときにとても引き込まれたのを思い出し、「あれはどうしてだろう」とあれこれと考えてしまいました。その時ふと、「きっと滝嶋先生が空手そのものを心から大切にしているからなんだ」と思うように。大切にしている空手を伝えていくために、滝嶋先生の中で何度も咀嚼されて工夫されて生まれた言葉や表現を聞いていたから、あーも見事に引き込まれたんだと。これを考えているとき、伊師先生の修身斎家にあった「言霊」という言葉が頭に浮かびました。

 少しニュアンスは違うのかもしれませんが、言葉自体が意味と同じ力を持っているとそこには書いてありました。言葉はその意味に加えて発した人の温度も、同じように伝達してくるんだと思います。全く同じ言葉でも、発した人が冷めていれば冷めた温度で、思いを込めたらその分だけ温度が加わるんだと思います。お茶の水から来た迷惑な男子たちをどう見ていただいたのかは分かりませんが、参加した男子全員が口を揃えて「帰りまでの時間、少しでもいいから稽古に充てたい・・・」と言っていたということは、いつも白河道場の皆さんに向けられている温度で接していただいていたんだと思えました。それは伊師先生が発していた温度に近かったのかもしれません。そう考えれば、白河道場ジェントルメンズとあーも打ち解けられたのは、とても自然なことかもしれません。

 滝嶋先生、白河道場の皆さん、この度は本当にお世話になり、本当に本当にありがとうございました!!
大きな収穫ありのこの合宿。この先もずっと続きますように! 押忍!


最高に楽しかった合同合宿 お茶の水道場 内藤直帆

 昨年3月11日におきた東日本大震災から1年という節目の日に合同合宿がおこなわれました。
 初日。東京は雪で寒い中「代々木駅東口」に集合。温かいバスに乗ろうとした時、アクシデント発生!!バスのチケットが一枚足りない!!予定出発時刻は過ぎたものの無事出発。長時間の移動のため、寝る人続出!!起きると周り一面雪。まずは昼食をとるため移動。そこには女子世界チャンピオンの将口先輩姉妹が!!新しいメンバーも加わり白河道場へ。白河道場には暖炉があり、とても温かかったです。トレーニングジムもあり感心するばかりでした。

 宿舎へは車で移動。車を降りると雪が沢山。皆で雪合戦をしたり人型をつくったり大はしゃぎのお茶の水道場でした。合宿一回目の稽古では少年部と一緒にやりました。基本稽古・移動稽古・型稽古・組手稽古を3時間みっちりやりました。移動稽古と型稽古はある程度帯で分け、先輩方に優しく細かい所まで教えてもらいました。組手稽古は“先輩”と“後輩”という組み合わせでやりました。普段は一緒に稽古が出来ない福島支部の人達と稽古をする事によりアドバイスをもらい勉強になりました。





 大人にとって稽古、そして入浴後のお酒は最高。詳しい事は見ていないのでよく分かりませんが、顔を赤くして楽しんでいたことでしょう。











 二日目。二日目の稽古ではお茶の水道場生は普段は習う事の出来ない滝嶋先生の元へ急いだ。そこで思いがけない展開が!! 稽古の半分の一時間は雪遊びに。
合宿最後の稽古では基本稽古と型稽古をしました。基本稽古では空手の原点や一つ一つの技の基本などを道具を使って分かりやすく教えてもらいました。




 雪遊びではそりを使って雪合戦をしました。大人も子供に返って無我夢中に遊んで満足感にあふれていました。退室後、温泉に行きました。清家さんからお土産にとくれた、通称“シロウ”ある人物に似ているということで命名されました。あらゆる色に光るシロウは女湯では大人気でした。体も温かくなり、いざ東京へ。







 今回、合宿初参加でした。明るい雰囲気でとても勉強になりました。また機会があれば参加したいと思います。ありがとうございました。
押忍




ユースジャパン強化合宿 お茶の水道場 内藤直菜

 わたしは、今年初めて合宿に参加させていただきました。久美子先生から言われた時には、「わたしでいいのかな」と思いました。だけど、「強くなる」と思ったので、結局行くことに決まりました。
 当日わたしは、朝から緊張でいっぱいでした。でも、ユースということを意識して、心を落ち着かせました。東京駅からバスで緑のきゅうか村まで移動しました。
 着いたら、部屋に行き、一回目の稽古の準備をしました。同じ部屋のメンバーは、みんなちがう支部の子だったので、少し話しにくかったです。でも、部屋長の子が話しかけてくれたので他の子とも仲よくなれてよかったです。

 一回目の稽古では、日本代表選手からテクニックを教わりました。中でも印象的だった技は、島本ゆうじ選手から教わった前げりです。試合などでも試してみたいです。
 次の稽古は、夜に行うナイトトレーニングでした。稽古というよりは、日本代表選手団との交流・テクニックセミナーのようでした。わたしは、将口選手に教えてもらいました。試合で有効だなと思う技は、スパーリングでも活用してみたいと思います。

 二日目の早朝稽古では、雨がふっていたため、ランニングはできませんでしたが、体育館でストレッチなどをやりました。少しは、やわらかくなったかなと思いました。

 二日目、二回目の稽古は、休か村体育館で行いました。雨・風がはげしくふっていたので、移動時間もけっこうかかりました。スパーリングでは、クラス分けをせずに、女子全員でやりました。高校生も一緒だったので、高校生とあたった時は、最初少しこわかったけど、やっているうちに大きい相手に立ち向かうコツがわかってきました。そのことがあって、高校生とスパーリングをするのがこわくなりませんでした。

 二日目、三回目の稽古でも、移動する時に雨・風がはげしかったため、時間がかかりました。

 三日目の早朝稽古では、ランニングをしました。二日目は雨がふっていたので走れませんでしたが、三日目は走れました。途中で、記念さつえいも行われました。

 三日目、最後の稽古は、模はん組手を行いました。わたしは組手はできなかったけど、今年のドリームカップの入賞者の選手がとてもはく力のある組手を見せてくれました。型でも、キレがあってかっこよかったです。
 わたしにとっての今年の合宿は、初参加でもあるのでわすれられない出来事だと思います。合宿で教わったことを、試合でも活用していきたいと思います。

押忍




初めての試合出場  お茶の水道場 宮本拓

4月22日、川崎東交流試合に出場させて頂きました。
他の道場生の方の試合や、世界大会の試合も間近で観て来ましたが、自分自身の試合はこれが初めてでした。
お茶の水道場で金曜日の猛稽古の後に毎週行われる定例会時だったか、週中の追い込みの後のプロテインタイムだったか記憶が曖昧ではありますが、試合の丁度1ヶ月前くらいにその場で出場が決まりました。

入門して1年、空手をやるからには組手からは逃げられないな、と覚悟はしていましたがついにデビューか♪( ´θ`)などと俄然ヤル気になりました。

試合当日への不安と緊張は人並みには感じましたが、それよりもそこに至るまでの猛稽古、これをやり切らねば試合には臨めないことを、これまで試合に出る道場生を見て来て知っていたので、果たしてやり切れるかな、とそちらの方がまず不安でした(-。-;

ラスト1週間あたりで風邪をひいてしまい、最後の追い込みが不十分だった印象が残るものの皆さんに協力して頂き、1ヶ月間試合に向けて順調に稽古をして来ました。
数年ぶりに試合に出場する史郎先輩や、自分と同じようなシチュエーションで試合に出場することに決まってしまった圭人、そして少年部の直菜など、一緒に大会に向けて稽古をしていた仲間の存在は特に心強く感じました。

当日の試合会場の川崎マリエンは、まるで陸の孤島のような場所にあったので、車で猪木さんのテーマやロッキーのテーマなど、闘志を奮い起こすような音楽を爆音でかけ、新極真会ジャージをひっかけ、昼下がりの湾岸道路を俺は西へと走らせました。

アップをして、「試合前はアメ玉でしょう」という久美子先生の言いつけ通りアメ玉をなめながら試合の時間が来るまでリラックスしてコロコロして待っていました。清家さんおすすめの「炭酸を抜いたコーラ」は今回は見送りました。


いよいよ試合が近づくに連れて、さすがの自分も緊張しましたが、平常心は保てていたと思います。

しかしいざ試合が始まると、いつもはつけないヘッドギアで距離感が掴めず、「こりゃまずい」と平常心を失ったように思います。
結果、セコンドからのアドバイスも耳には届いていても体に届かず、全く自分の動きが出来ずに、延長戦の末、判定負けを喫してしまいました。

自分に対する情けなさと、応援してくれていた仲間に対する申し訳なさで、努めて何でもないように振舞ってはいたものの、内心は悔しい気持ちでいっぱいでした(T ^ T)


試合に出て気付いたことは色々あります。
まず気持ち。技術もままならない初心者の大会では技よりも勝ちたいという気持ちが大切だと思います。

追い込み稽古でよく言われる「出し切る」ということが勝負の明暗を分ける大切なことだと出て見て初めて気付きました。

あと平常心。自分の場合試合に臨むまでの平常心は保てていたものの、視界が悪いことで開始直後にそれを失っていたわけです。これでは練習した技も出ません、当たりません。


そしてやはり経験。これは大切です。稽古でいくら組手をやったとしても、試合は全く別物です。これは出なければ絶対に気付きません。だからまだ試合に出たことがない道場生の方は是非試合に出て見ることをオススメします(^ー^)ノ
その後の稽古に対する心づもりが変わってイイと思います。

自分もこれらのことを踏まえて、次回は勝てるように頑張りたいと思います。

最後に型と組手でダブル優勝を遂げた直菜、本当におめでとう。組手の試合では負けて泣いていた姿が印象的だったので、前に負けた大きな相手をも破って優勝した姿には感動した( ̄^ ̄)ゞ俺や今回負けてしまった皆が目指すべき姿だね。

以上、乱文にて失礼しましたm(_ _)m



ユースジャパン強化合宿  お茶の水道場 内藤直菜

 わたしは、今年初めて合宿に参加させていただきました。久美子先生から言われた時には、「わたしでいいのかな」と思いました。だけど、「強くなる」と思ったので、結局行くことに決まりました。
 当日わたしは、朝から緊張でいっぱいでした。でも、ユースということを意識して、心を落ち着かせました。東京駅からバスで緑のきゅうか村まで移動しました。
 着いたら、部屋に行き、一回目の稽古の準備をしました。同じ部屋のメンバーは、みんなちがう支部の子だったので、少し話しにくかったです。でも、部屋長の子が話しかけてくれたので他の子とも仲よくなれてよかったです。
 一回目の稽古では、日本代表選手からテクニックを教わりました。中でも印象的だった技は、島本ゆうじ選手から教わった前げりです。試合などでも試してみたいです。
 次の稽古は、夜に行うナイトトレーニングでした。稽古というよりは、日本代表選手団との交流・テクニックセミナーのようでした。わたしは、将口選手に教えてもらいました。試合で有効だなと思う技は、スパーリングでも活用してみたいと思います。

 二日目の早朝稽古では、雨がふっていたため、ランニングはできませんでしたが、体育館でストレッチなどをやりました。少しは、やわらかくなったかなと思いました。
 二日目、二回目の稽古は、休か村体育館で行いました。雨・風がはげしくふっていたので、移動時間もけっこうかかりました。スパーリングでは、クラス分けをせずに、女子全員でやりました。高校生も一緒だったので、高校生とあたった時は、最初少しこわかったけど、やっているうちに大きい相手に立ち向かうコツがわかってきました。そのことがあって、高校生とスパーリングをするのがこわくなりませんでした。
 二日目、三回目の稽古でも、移動する時に雨・風がはげしかったため、時間がかかりました。
 三日目の早朝稽古では、ランニングをしました。二日目は雨がふっていたので走れませんでしたが、三日目は走れました。途中で、記念さつえいも行われました。
 三日目、最後の稽古は、模はん組手を行いました。わたしは組手はできなかったけど、今年のドリームカップの入賞者の選手がとてもはく力のある組手を見せてくれました。型でも、キレがあってかっこよかったです。

 わたしにとっての今年の合宿は、初参加でもあるのでわすれられない出来事だと思います。合宿で教わったことを、試合でも活用していきたいと思います。

押忍


〜ど素人紀行〜  お茶の水道場 渡部照史

去る6月20日、代表稽古会に参加してきました!

入門1月半のど素人、無謀かな・・・とは思いつつ総本部道場へ。
道場に近付くにつれて、道行く人が、皆、黒帯に見えてしまうほど緊張。
道場に足を踏み入れると、お茶の水道場とは違う独特の雰囲気を感じます。
道場正面の壁に大山倍達総裁の大きな写真が飾られてあり、自然と気が引き締まります。
広さはお茶の水道場の2.5倍くらいかな?参加人数も多く、皆さん強そうです。
?なんとなく違和感を感じますが、お茶の水道場のメンバーを見つけ挨拶に。知った顔を見つけると、緊張もほぐれます。
稽古開始の整列で違和感の正体が・・・総勢40名程の中で、白帯、僕だけです(+_+)
とは言え、ここまで来たらやるしかない!

緑代表が稽古開始の声をかけられると、道場内の緊張感が一気に高まります。
初めて拝見する緑代表は、オーラでしょうか?小柄なんですが、周りの方より大きく見えます。
代表の指導は、稽古に対する姿勢から具体的な戦術まで多岐に渡ってましたが、一つ一つが分かりやすいものでした。
今回は、特に前蹴り、上段蹴りを取り上げられ、その効果、実践での有効性をわかりやすく教示してくれました。
また、約束稽古では前蹴りの捌き、捌きからの反撃、そのコンビネーションを主に実施、白帯ももちろん参加です。
茶帯の先輩に相手をしていただいたのですが、拙い私に丁寧に教えてくださり、充実した稽古となりました。
その捌き、コンビネーションをすぐに実現することは出来ませんが(>_<)稽古を重ねて、いつかは!という目標になりました。
代表稽古が始まる前は緊張しましたが、始まってしまえば無心、あっという間の2時間半です。
今まで、映像や雑誌等でしか見たことのない代表と直接お会いし、同じ場所で汗を流すことができ、貴重な時間を過ごすことができました。 次の機会も積極的に参加したいところです。押忍