審査レポート
[1]
02年初段昇段 武田浩樹
[2]
02年弐段昇段 小林清亮
[3]
02年弐段昇段 砂川 久美子
[5]
03年初段昇段 砂川 美佳
[6]
03年初段昇段 佐野 英雄
[7]
05年初段昇段 伊藤 直克
[8]
06年初段昇段 宇津木 裕之
[9]
06年初段昇段 斉藤 悠
[#]
07年参段昇段 砂川 久美子
[*]
07年初段昇段 新井 洋子
05年 初段昇段 伊藤 直克
ずうっと、忘れ物をしている気分だった。
一九七七年、神奈川本部横浜道場に入門した。高校一年の初夏である。当時はまだ「空手バカ一代」が連載中で入門者は月に50人を超えていたそうだ。 「一月経って残っているのは十人、半年後にその半分、一年経ったら一人いるかいないかだ。」入門手続きをしている時に指導員の先輩にそういわれた。覚 悟して来いということだ。当時既に、柔道の黒帯を持っていた私は、一年といわず黒帯を取るまでは続けるつもりで入門したのだ。しかし、甘かった。翌日 の稽古で思い知らされる。見よう見まねでやっている基本稽古についていくだけで必死だった。師範は竹刀を振り回し気合いを入れる、鬼の形相(そう見えた) の指導員はハイスピードで号令をかけていく。そうでなくても緊張しているのに、あっという間に自分の限界を超えた。気分が悪くなって吐き気をもよおして 道場の庭にある流しへ。先客がいて白帯同士気まずい視線を合わせた。「一月経って残っているのは十人」を実感した。三ヶ月が経って「初心者」から「白帯」 と呼び方が変わった頃は少し体も慣れてきていたが、組み手に参加することになる。当時はサポーターなどない。「下の者は先輩の胸を借りて思いっきりぶつかれ!」 と師範の言葉通り全力でぶつかると、あっという間に効かされて道場中あっちこっちへとド突き回される。「参りました。」といえば終わるがボディーが効いて いて声が出ない。結局時間いっぱいド突き回される。黒帯の先輩と組手となると又勝手が違う。叩いたらこっちの手が痛い、蹴ったら自分の足が痛い。もう人じ ゃないと思ってた。この世に鬼がいるとしたら、極真の黒帯こそが鬼だと思った。しかも拳と足が鋼のように硬い。金棒を身につけた鬼だ。黒帯の先輩に初めて 蹴られた腿の痛みは今でも覚えている。しかし極真の稽古がいかに効果があるか、身をもって知ったのもその頃。入門して何週間か過ぎた頃、学校で体育の授業 の為着換えていると「なんだ、その身体」と友達が驚いた。べつに痣だらけってワケじゃない。背筋がバンと張って体つきが変わっていたのだ。瞬発力、短距離 走、走り高跳びなど、運動能力が格段にアップしていた。
一年半が過ぎようとした頃、まだ白帯を締めていた私は指導員の先輩に「おまえいい加減に審査受けろ!」と言われた。道場内では私語絶対禁止、押忍しか言 えない。談笑しようもんなら鉄拳制裁が待っていた。冗談みたいな話だが、黒帯の先輩に話しかけるのも恐ろしく、審査については先延ばしにしていて一年半が 経ったのだ。
審査当日、大山総裁が現れた。当時はまだ館長と敬称されていた。初めて会うゴッドハンドは非常に優しく柔らかい印象を受けた。極真空手の激しさ、荒々し さをすべて包み込んでしまうような寛大な優しさを感じた。審査終了後百人を超える受審者は一人ずつ話しかけていただき、握手をしていただいた。総裁自らが 整列した受審者を巡って声をかけてくださる。最後にこんな話をしてくださったのを覚えている「空手の道は終わりがないよ。私は今でも夜中に起きて拳の握り 方はこれで良いのかと考えることがあるよ。」すうっと、どこか未経験の高みへと連れて行かれた様な気がした。
その後半年、黄帯で私の空手修行は終わる。怪我をして休会。学費をアルバイトで工面していたので大学進学のため退会した。
それから二十年ほど経つ。三十七歳になろうとしていた。寝る間もないくらい仕事をしていた。それほど没頭できる仕事をできるのは幸運だったが、何か忘れ 物をしている気分でいた。もう一度空手をやりたいとは思っていた。しかし自分が空手の何に惹かれているのか、二十年も経つとぼやけてもいた。「あと三年で 四十歳。今やらなければ黒帯にはもうなれないかもしれないなぁ。」ふとそう思った。忘れ物を取りに行こうか、いっそ忘れてしまおうか。二十年間そんなもど かしい気分が、空手に対する思いを支配していた。黒帯を取りに行こうと思った。
一九九九年六月国際武道センター(現総本部道場)に入門。白帯を締めて最初の稽古。十代の頃とは身体が違う。頭では十代の頃の動きをイメージしている、 しかし、動かしている身体は全く別の動きをしている。現実に愕然とした。体重も二十キロ増え(もちろん筋肉じゃない)二度の交通事故で膝と背骨にダメージ がのこる。幸い身体が基本を覚えていてくれたのだが、先は長いなぁと途方に暮れる。「極真も変わりましたから」とは入門時の指導員の先輩の言葉。量から質 を求める稽古へと。それは伊師師範が着任されてからより実感できた。いや実際は量も多いのだが、質という目的のはっきりした稽古は楽しい。続けていけるか ?から、楽しいへ変わるまでそう時間はかからなかった。仕事は相変わらず不規則で、毎年5、6ヶ月は休まざるをえない。久しぶりに稽古にでると、若い道場 生は上達が早く、焦ったりもしたが、総本部は楽しい道場である。常に前向きにさせてくれる。そう導いてくれる伊師師範、諸先輩がいて、人数は減ってしまっ たが励まし合える同期がいて、追い上げてくる後輩がいる。昇段できたのも皆さんのおかげだと思っています。ありがとうございます。
最初の入門から黒帯を手にするまで二十七年もかかってしまった。今年で四十三歳になるが一つ判ったことがある。生きてる内に、好きになれること、夢中に なれることなんて、そうそう出会うことはないという事。これからも空手を楽しんでいきます。押忍。
押忍
[1]
02年初段昇段 武田浩樹
[2]
02年弐段昇段 小林清亮
[3]
02年弐段昇段 砂川 久美子
[5]
03年初段昇段 砂川 美佳
[6]
03年初段昇段 佐野 英雄
[7]
05年初段昇段 伊藤 直克
[8]
06年初段昇段 宇津木 裕之
[9]
06年初段昇段 斉藤 悠
[#]
07年参段昇段 砂川 久美子
[*]
07年初段昇段 新井 洋子