伊師先生との想い出ひろば
〜Let's enjoy with Shihan ISHI

※ 伊師先生との想い出やエピソード等々、みんなで伊師先生と想い出を分け合いましょう!!




書き込みはこちら

思い出の場所     りょう
06/May/2008 10:58

GWに車で松本方面へ行き、食事が・・・だった、ホテル末広(ちなみに宿泊はしてません)経由、松本市総合体育館(写真)に立ち寄りました。
昨年の8月、全中部に行ったときの思い出の場所です。
遼にとっては師範と最初で最後の泊りでの試合となってしまいましたが、心の中で師範はいきつづけてます。
今回も行くときに「師範も連れて行こう」と遼が写真を持っていきました。
6月・8月と大きな試合が続きますががんばりますので見ていてください。師範
押忍


NEVER SAY NEVER     あねご
02/May/2008 15:37

こんな時、伊師先生だったらどうするかな・・・
伊師先生だったらなんて言うかな・・・
なんて、普段の生活の中でふと思う時が何度かありました。
稽古の中でたくさんの言葉をいただきました。
それは今も「伊師語録」として人生の指標、宝となりかけがえのないものになっています。
初めての昇級審査を受けたとき、いただいたこの言葉
「NEVER SAY NEVER」

経験したことのない不安、恐怖、悲しみに負けることはできない今この状況の中で
伊師先生の言葉を改めて噛みしめ
改めて感謝しています。
今、もう一度
伊師先生に会いたいな



埼玉交流試合!!結果は残念だったみたいですが・・・。     砂組。
21/Mar/2008 14:48

帰りはみんなで寿司屋で反省会をしたみたいですね!!
『伊師師範も参加しました!』って送ってくれました♪

今回までは遠出は控えましたが、4月からはどこまでも行きますので、少年部のみなさん!これからよろしくお願いします。

また、次目指してがんばるぞぉ〜♪

伊師先生!伊波くんと武田さんが合格しましたよ=3     砂組。
14/Mar/2008 15:38

伊師先生!見てましたかー^^

いなみんと武田さんが見事、昇段しました!!文句なしの合格でしたよ♪

最後まで諦めない気持ちってのは、本当に素晴らしいですね☆★☆★

道場生のみなさん!黒帯は必ず取れます!! 自分で限界を決めず、【挑戦!!】してください。 でも一番大切なのは挑戦するまでの過程です!どんだけ自分に勝てるかっ。

やるかやらないかは全て自分次第。

みなさん、一緒に頑張って行きましょう!!

伊師先生もきっとそう言っています(拳)
きっと。

(・_・)     みゆう
11/Mar/2008 14:51

日曜日
WKO昇段審査会とゆうことで
今年も勉強のため見学に行きました。

伊師師範のいらっしゃらない総本部道場は
何だか不思議な感じでした。
と同時に
昨年の素晴らしい五段挑戦の姿を
思い出しました。
一年半程前に、総本部道場から新潟支部に移籍してきた正太さんとも
会うと必ず伊師師範の話題になります^^
柔軟・準備運動にも
かなりの意識をおいてらした話をきくと
『やっぱりもっと教えてほしかった!!』
と思います(>_<)
総本部道場の皆さん、
相変わらず協力しあって頑張ってました。
素敵な道場ですね。

師範・約束を叶えました!     武田◇
11/Mar/2008 03:05

伊師師範殿へ
生前の「二段を取れ!」の約束を自分守りました、帯が来たら墓前に報告に行きます!

じゃんけん     かねこっす
22/Jan/2008 22:52

自分が大学2年生、5年前になります。総本部に入門して間もない頃です。土曜日の昼間の稽古が終わり、しろー先輩と自分が残って稽古していて、せっかくだから帰りにご飯でも食べようということになりました。伊師師範と久美子先輩も一緒に行くことになりました。
1件目は焼肉屋でした。自分は夕方からバイトだったので、お酒は飲まないつもりでしたが、伊師師範の勢いに押されてビールをたらふくいただきました。ウーロン茶を注文しようとしたら伊師師範は満面の笑顔で店員に「あ、お兄さん、そのウーロン茶はウーロンハイに変更ね!くっふっふ」と笑っていました。お会計の時になると、突然伊師師範は「じゃんけんしよう!負けた人が払うこと〜!」と言い出しました。じゃんけんの結果は…伊師師範の負けでした。「くっそー、俺は最初から払うつもりだったんだよ。なのに負けて払うのはくやしいな…次いこう!次は肉まんだ!」と言いました。
飯田橋駅前の中華料理屋さんに入り、大きな肉まんを4つ注文。おいしかったなぁ。そして、じゃんけん。しろー先輩が負けて払いました。
「よぉーし、次で最後だぁ!」最後はコンビニでジュースじゃんけん。久美子先輩が負けて払いました。
所持金2000円だった自分がお腹いっぱいごちそうになって、一人勝ちしたのでした。伊師師範は「金子は勝負強いなぁ」としみじみ言っていました。
楽しかった思い出のひとつです。

…落ちがなくてすみません。

by KY = Kaneko Yusuke

押忍


めんそ〜れ     島倉美佳
21/Jan/2008 20:08

まだ常夏の島に住み着いていた大学生の私。東京にいる姉の指令により空港に向かうと、出発までの時間を持て余していた某師範を発見した。初対面の私がなぜか運転手となり、暇つぶしの相手を務めた数時間。その人は沖縄が好きで、時々エネルギー補給をしに訪れるという。
「沖縄の人は皆、故郷を誇りに思っているよね。なんかいいね。」

その後上京して過ごした総本部での約6年間。師範の空手ワールドに目を回しながらも、新しい発見の毎日でした。「ウソだよーん」と手の込んだ冗談を披露しては喜んでいた師範。実年齢よりも若いんだ、と最後まで某先輩を引っ張り出しては皆に問いかけていた師範。朝練の食器洗いや飲み会での会計等、事あるごとにジャンケンを登場させ勝負の世界の厳しさを教えてくれた師範。「くっそ〜、何で俺がぁ」と本気で悔しがる姿が鮮明によみがえります。
はいさい師範。師範が目指していたのは「総本部をみんなの故郷にすること」ですか。私にとって師範は、総本部そのものです。もしも願いが叶うなら、師範の夢を叶えたい。いや待てよ、師範の事だからきっとあの手この手で…。思考や行動が伊師先生化されているそこの皆さん、要注意です♪

追伸(シャツの色でさえもI先生とかぶっていた伊藤先輩へ)
「引越しの…」私も衝撃を受けました。これはありなのか、と当時真剣に考えましたが、師範はそのVTRを見ながら「ちょっと今の聞いた〜?ぎゃっはっは」と、とても満足気でした。続編がなくても思い残す事はなかったでしょう。たぶん。きっと。絶対に。

昨日思ったこと・・・     藤井剛寛
21/Jan/2008 11:35

昨日、夕方から自主トレをしていて
ずいぶん寒くなったな〜
なんて思っていたときふと去年の8月の稽古のことを思い出しました。
その日はとっても暑くて稽古中に正直、ぶっ倒れそうになっていました。
稽古も中盤にさしかっかた時に師範が突然、外に行こうとおしゃってみんなで外に行きました。外でも走るのかな?なんて思っていたら駐車場に座って雑談を始められました。なんだかすごくほのぼのとした時間が過ぎて素敵な日向ぼっこを経験したと同時に師範の優しさと状況判断にすごく心を打たれました。なんだか忘れられない去年の夏の思い出です。

明けましておめでとうございます。     金城輪子
15/Jan/2008 20:32

伊師先生、並びに砂川先輩、総本部の皆様あけましておめでとうございます。

伊師先生との思い出は入門初日の小川公園に始まりずっと素晴らしい心に響く話をして貰った事です。
今、その話して貰った事ひとつでも私は出来ていないんじゃないかと悔しいです。

砂川先輩、携帯無くしました。またメール送ってちょ。


・・・     みゆう
13/Jan/2008 19:13

伊師師範に教えて頂いたことは、
新潟でも伝えてます(T−T)
本当はもっと教えて頂きたかったけど。
伊師師範に教えて頂いた稽古は
少年部に大人気です(^^)
離れた地でも、活きてます。生きてます!



ありがとうございました     可知
08/Jan/2008 01:13

去る9月上旬、東京への転勤を機に空手を再開しようと思い、総本部道場を見学に行ったときの対応は師範の人間性が感じられるもので、その場で入門を決意しましたした。その後の稽古での指導、世界大会前後に垣間見せた国際性、それら全てから師範の大きさがひしひしと感じられました。これから長く指導を受けようと思っていただけに残念でなりません。師範との出会いと別れを通じ、あらためて一期一会の大切さを思い知りました。わずか3ケ月の短い間ですが本当に有難うございました。

アマゾネス計画     あらい。
29/Dec/2007 23:56

伊師先生と数多くある想い出の中で、一番印象に残っている想い出は、二年前のワールドカップに向けて過ごした、約10ヶ月間が私のbPの想い出です。この10ヶ月間のタイトルは【砂川姉妹、アマゾネス計画】です。もちろん、伊師先生が付けたタイトルです。あの10ヶ月、本当によく頑張りました。伊師先生も頑張ったし、砂川姉妹も頑張り、真剣に夢を追いかけた時間でした。

ワールドカップに思いをよせた【朝練】キツカッタネ…

いろいろある計画の中で、私が携わったのは、姉妹が朝練後に栄養を付けるため、お手伝いをした朝食作りです。仕事に、稽古、朝食作り、きつかったけど、充実していました。伊師先生も夜遅くに帰宅、始発で道場。そして朝練指導に、その後は事務局の仕事。ほ〜んと、無茶していましたよね。今、振り返れば楽しかったけど。お陰で私は、料理をチラリと覚えるきっかけになりました。感謝しています。でも、さすがに途中、一度プッツンと切れましたけど。あまりにも、きつすぎて。仕事に、稽古、朝食作りの生活にストレスを感じ、そんな時、岩間あきが昇段審査に落ち、お好み焼き屋で伊師先生を二人で挟み、女二人で泣いた事もありました。まっ、伊師先生だから、上手く二人共、なだめられましたけど。でも、一番泣きたかったのは、毎日の事務局の仕事にワールドカップの運営、稽古指導に朝練等、いろいろな仕事に追われていた伊師先生だったのではないかなぁ…。それに、ワールドカップの打ち上げも、熱の入った段取りをしていましたよねっ。
今、改めて振り返っても、伊師先生、凄い事をしていましたね。でも、見ちゃいましたよ。ワールドカップ、久美子さんの決勝戦が終わり、ひっそり目頭を押さえていた伊師先生の後ろ姿。


腹筋     高橋慧
28/Dec/2007 22:56

昨日稽古納めに参加させて頂いた時、初めから腹筋が筋肉痛だったので手を上げるのは控えさせて頂きました。
その腹筋の、師範との思い出です。
確か自分が中学一年位で、審査後の宴会の時、師範が自分のうっすらと割れ始めていた腹筋を見て、水性(多分)ペンを手に取りました。「?」とか思っていると師範は自分の腹筋をペンでなぞり始めました。「!」とか思っていると今度は背中にも落書きし始めました。
腹筋は嬉しかったですが、背中の『○○命』はさすがに困りました(○○はある総本部女子生徒です)。一週間近く消えませんでした。特に背中は洗いにくいから尚更でした。
口下手(手下手?)ながら一生懸命書きました。
変な終わり方ですみません。

伊師師範に心より感謝     秋山 佳胤(AKI)
23/Dec/2007 08:19

昨日は偲ぶ会に参加させていただき、本当にどうもありがとうございました。伊師師範がしかるべき時に道場に導いてくれたものと思います。
伊師師範から教えていただいたことや思い出はあまりに多くて語り尽くせませんが、一番の思い出は、伊師師範自らが組手の相手をしてくださったことでした。
その組手は、エンドレスで伊師師範が終わりというまで続くものでした。皆様ご存知のとおり、伊師師範の技は正確かつ鋭く、また重いというまさに模範となるもので、突き蹴りを的中されるたびにダメージが蓄積していったと思います。また、当然ながら、一瞬とて気を抜くわけにはいきません。いつ終わるともわからない集中の持続で精神的な疲労も蓄積していきピークに来ていました。それでも組手をやめたいとは思いませんでした。師範が直接相手をしてくださったことに感謝の気持ちが強かったからです。結局、組手は4、50分は続いていたでしょうか。心身共に自分の限界を感じた時でした。改めて伊師師範に対してあふれる感謝の気持ちを思うと、頭頂から背骨を通して急に力強いエネルギーが入ったのを感じました。それから心身にエネルギーがみなぎり、普段、あまり出すことのできない後蹴りなども無理なく出せるようになったのです。今思い出しても不思議な感覚でした。
伊師師範はその1時間弱の組手の後、今度は続けて、私に砂川久美子先輩と組手をする機会を与えてくださいました。その時、砂川先輩に相手をしていただくのも有り難いと思いましたが、伊師師範とのエンドレス組手でその当時の精神的限界を超えていたこともあり、もう早く終わりにしたいという気持ちになって、一番、大切な組手の相手に対する真心からの感謝の気持ちを忘れ、力任せの組手になってしまいました。しかし、やはり皆様ご承知のとおり、砂川先輩の心技のレベルは力任せで相手になるものではなく、まるで通じませんでした。早く終わらせたいと力任せになり感謝の気持ちを忘れた瞬間、天からのエネルギーも遮断されていたのです。この点を教えてくれた砂川先輩にも深く感謝しています。
私は2005年から、仕事の傍ら、週末や平日の仕事の後の時間を利用して、ホメオパシーという自然医療の4年制の学校に通って勉強しています。またその学校で出会った素晴らしい仲間と共に、特に、2005年9月にイギリスのグラストンベリーという聖地を訪れたこともきっかけになり、スピリチュアルなことを学ぶ有り難い機会を得ました。霊的な目で上述した伊師師範、砂川先輩とのエンドレス組手を振り返ると、心身の限界に近づいた時であっても、感謝の気持ちを心から持てれば、高次元からサポートのエネルギーが得られること、逆に、感謝の気持ちを忘れた瞬間、そのエネルギーは途切れてしまうということがわかります。私たちは、実は自分の力だけで生きているのではなく、常に高次元の存在から無条件の愛のエネルギーを与えられて生きているのです。しかしながら、我々受け取る側が感謝の気持ちを忘れ、愛の気持ちを忘れてしまうと、そのエネルギーの道筋が遮断されてしまい、有り難い愛のエネルギーを受け取ることができなくなってしまうのです。
伊師師範は、自らエンドレス組手の相手をしてくださったこと、また、続けて砂川先輩と相手をする機会を与えてくださったことによって、この点を教えてくれたのです。この度の転生での使命を全うされ、天に召された伊師師範に心より感謝いたします。押忍。 秋山 佳胤(AKI)

ななかちゃんのお母さん。先生じゃなく、先輩です。     伊藤直克
21/Dec/2007 06:35

皆さん思い出を仕舞込んでいてなかなか書き込みが進まないようなので、エピソードをもう一つ。
 その前に御願いがあるのですが、何年か前のウエイト制だったと思うのですが師範が解説をしているTV放送があるのですが、持っている方がいらしたら「偲ぶ会の時」にみんなで見ませんか。これは結構自分はツボにはまってしまって、もう一度見たいと思いながら、あえて師範にはこの件は触れないようにしていました。えぇ、もう凄いんです。ダジャレの炸裂ぶりが!冷静な実況アナが進行するんですが、もう咬み合わない。まったく咬み合わない。でもお構いなしに炸裂し続けるギャグ。師範、勝負に出たな・・・。って妙に納得してしまうくらい師範のスベリッぷりが素晴らしい。ギャグの嵐、前代未聞。見てない人には是非見て頂きたい。その後、師範が解説をする事はなかったので、「やはりあの路線はないよね。」って事になったんだろうけど。聞きたいなもう一度「あの選手期待できますよ!勉強してますからね・・・・・・引っ越しの。」ぐっさり自分のツボに刺さった名ギャグです。(見たら判ります。)

と言う事でエピソードのはじまりです。2年前の12月。倶楽部30で始めて自分が幹事をしたときの事。この回は自分が20年前に造った長野にある丸太小屋へ一泊で出かけたのです。総勢8名10名乗りワンボックスカーを借りて飯田橋を出発しました。目的地までは4時間。この4時間いい大人がNON STOPで「ドビン・チャビン・ハゲチャビン」を続けたのです。どういう事か判りますか?ものすごいハイテンションですよ。狂ったようなテンションです。勿論、陣頭指揮、煽り、ツッコミ、ボケ、いじりの担当は師範です。あのゲームで本気で悔しがる40代はもう見る事は出来ないと思われますが、師範はマジでした。今、小学生達の世界ではガキ大将がいなくなっているそうですが、ほんとにもう全国の小学校に派遣したいくらいのガキ大将ぶりを発揮しました。
丸太小屋に着いたときは一人を除いてみんな脱力状態でした。それでも丸太小屋の評判は上々で、自分的にはホッとしたのですが、まさか夕食後に又「ドビン・チャビン・ハゲチャビン」が始まるとは思ってもいなかった。
 
 この20年様々な友人知人をこの山小屋へは連れて行ったのですが、皆の取る行動で共通しているのが、ストレスの多い人、疲れている人は薪ストーブに薪をくべる事にハマルんです。炎に癒されるんですね。この夜も、プロリーや、S朗が無心で薪をくべていました。仕事で疲れてるんだね、と思い、私はドビン・チャビンの疲れを癒しに眠りについたのでした。

 後日、事務所で師範にこの話をすると「あれ?自分も薪をくべてましたっけ?」と聞いてきます。師範はスヤスヤ寝てました、と言うと。「おかしいな。自分疲れてますよ。ストレス溜まってますけどね。」と仰います。「おかしいな。こんなに疲れているのに。」と5回ぐらいしつこく言ってました。自分にはその瞬間、ガキ大将が大人の仲間入りしたがってるように見えて可笑しくてしょうがなかったのですが。
丸太小屋に着いたとき師範の取った行動は、玄関を入るなり「おぉーっ」と言って、小屋を誉めてくれるのかと思いきや「テレビがあるじゃありませんか!」とスイッチをポンとつけたのでした。他の人達は各々部屋の中を見ています。「あれ、これよく写りませんね。」と室内アンテナをクイックイッと動かして「お、映った映った。」と喜んでます。師範には言いませんでしたが、そんな行動を取った人は初めてです。子供だってもっと景色を見たり、丸太に触ったり、暖炉に興味を持ったりします。言っちゃ何ですが、師範のストレスは子供以下だったと憶測しています。

 でも確かに師範は忙しかった。多くの懸案事項も抱えていたでしょう。気の進まない事も多々あったと思います。しかしそれがストレスにならないくらい、空手が好きで、道場が好きで、我々の事を考えていてくれてたんでしょうね。本当に好きな事を見つけ、決断し、進む。簡単そうでなかなかない事です。
と綺麗にまとめて終わってみます。


拝啓、伊師徳淳殿     泉 智憲
18/Dec/2007 15:49

伊師師範とは、3度しかお会いしなかった私が、想い出を語るなんて、おこがましいかもしれませんが・・・。
私が伊師師範と初めて対面、言葉を交わしたのは、弟が出場した、昨年11月に栃木県小山市で開催された関東交流試合でした。
『はるばる奄美大島から応援に行くからには、絶対に優勝をするんだぞ』との条件で、応援に行った時です。結果は準優勝でしたが、会場で、一緒に応援をしている時に『お兄さん、弟さん、いい空手する様になったでしょう?』と、笑顔で話しかけてこられた事や、その後の打上げの宴席で『決勝まで行ったからには勝たなくていけない』っておっしゃってた事、大リーグ入りが決まったばかりの松坂投手を『あれ位、自信に満ちた人間は、輝いていて素晴らしい。努力や向上心の賜物が、人間を大きくさせる』と、お話されてた事を印象深く覚えています。第一印象は、私の住む奄美大島の大先輩であり、尊敬する緑健児代表と、同じ空気を感じた事です。とても清々しい中に、確固たる芯の強さを感じました。同じ男として、一瞬で惚れ、ファンになりました。
常々、弟から伊師師範の話は聞かされていた事もあり、距離感はアッと言う間になくなりました。一気飲みゲームでも助けてもらいありがとうございました。あれから1年、世界大会後のパーティーで、にこやかに、世界大会の成功と日本の王座死守を、本当に喜ばれており、一緒に奄美から応援に行った仲間も紹介する事が出来ました。数日後に、総本部道場での宴にも呼ばれ、ヨーロッパ選手団にも紹介していただい事、そして何よりも、伊師師範と改めて乾杯し、お土産にワインまで頂いた事、本当に今となっては大切な想い出の1ページになりました。その他、細かい話の詳細は私の心の中に大切にしまいます。伊師師範が、オーストラリア支部長時代に連載されていた新聞のコラム“修身斎家”は、新極真空手に携わる方は勿論、人間にとって大切な事、人とはこうあるべきでは。と、未来永劫、永遠に語りついでいかなくてはいけない程、素晴らしい事を記されています。まさしく、伊師徳淳氏そのものです。私は、伊師師範からご指導いただいた門下生、出会った方々の多くが、伊師師範の人柄を理解されていると思います。私も“修身斎家”を、次に伊師師範と出会うその時まで、私自身のバイブルとして心に留め、実生活に活かします。
指導者としても、世界中の方々に尊敬され、慕われ、時に厳格に、新極真空手を広め、本当に多くの方々に愛された伊師師範を羨ましく思います。
ご自身自らも、こんな若さで急逝されるなんて、思いもよらなかった事でしょう。大勢の方が、伊師師範の死を悲しみ、惜しんでいます。
少し、速過ぎましたが、人の何倍も色んな経験をされ、駆け抜けていかれたのだと思います。伊師師範は、新極真空手界、総本部道場をずっと優しく、そして、厳しい眼差しで、見守り続ける事でしょう。
総本部道場のみなさん、伊師スピリットを胸に、今後の空手道、人生を実り多く、有意義なものにされ頑張って下さい。
伊師師範、また楽しく美味しいお酒が呑めるのを楽しみにしています。
“押忍”  


審査後・・・。     匿名希望
18/Dec/2007 13:46

ある宴会の最中、伊師師範がある女性を「腹筋ならまだしも背筋でお○らしました」と、稽古中にお○らをしたことをみんなの前で公表してました!しかも名指しで(笑)
もちろんその女性がいじられても平気な人だったからだと思いますが、会場は大爆笑!女性がおならをしたことを爆笑の渦に変えた師範!すごいなぁ☆

でっも〜^^     内緒(♀)
13/Dec/2007 22:40

そんな、唄を私はスゴク楽しみにしてました。
聞きたくて聞きたくて、聞くまでに、かなり時間かかりました。タイミング悪くて…汗。
【島唄】サイコーでした。

押忍     内緒
13/Dec/2007 01:11

僕、いつもパーティとかで島唄歌わされました!!
アレぶっちゃけ嫌でしたよ、師範^^

道場の皆様     滋賀 水谷真由美の母(*メールを転載します)
10/Dec/2007 20:37

娘が残してくれたパソコンのお気に入りに欄に新極真会のファイルがありました。パソコンをほとんど開いたことが無い私は、無事に届くかなと恐る恐るメールをしています。

何度もお礼の気持ちをお伝えしなければと思いながら、親がメールをする事が親ばかになるのかと迷ったり、また、日々の生活に追われ、つい今となったことが無念です。

7年前、田舎の滋賀から東京の看護大学に行き孤独な生活が始まった娘、親に心配をかけないようその気持ちは後で知りました。この間、娘は空手との出会いがありました。休みに帰省しては、大変尊敬ができた伊師先生や砂川先輩の話題をしてくれていました。就職を決めるのも空手を続けるために東京に残るか田舎に帰るかと迷うほど空手への情熱は凄いものでした、と言うより、道場でお世話になった先生や先輩の方々が本当に娘の生き方を左右するほど尊敬する方々ばかりで、去るのが辛かったのだと思います。

その伊師先生がお亡くなりになられたとの事で娘は大変気持ちが沈んだようです。

今、娘はアフリカに行って仕事をさせていただいていますが、そこではもう一つ目標があるようで素直なアフリカの子供たちに空手を知ってほしいようです。今、娘に出来ることは自分の出来る範囲で、他国の子供たちに教えることだと思います。

空手雑誌に娘のことを掲載してくださった松野さんにもこの場をお借りしてお礼を申し上げます。ちなみに、息子が最初に空手を始めていて今も滋賀でやらせて頂き、良い先輩方にお世話になっています。本当に新極新会の空手は人の人のつながりだと思いました。

それでは、インフルエンザが流行しているよういです、嗽、手洗い、睡眠で体を休めてくださいますよう。本当にお世話になりありがとうございました。

俺の人生・・・     あらい。
01/Dec/2007 17:21

こんな話しを2回、伊師先生から聞いた事があります。
『名前と人生は、必ず(繋がってる)意味があると思うんだよねぇ。‘師して人に徳を積ませる’のが俺の人生のような気がする』
いや〜、その通りの気がします。伊師先生の人生。伊師先生が沢山の【徳】を持っていたから皆に沢山の【徳】のおすそ分けが出来たんでしょうね。。。
私の名前と人生。どんな繋がりがあるのかなぁ???

伊師先生の笑顔。     Kumiko Toyoda
29/Nov/2007 22:31

 道場の階段を降りきると、懸垂をしていた伊師先生が笑顔で振り返り”押忍”と。
まだ入会の手続きも終えてないのに、宴席についてしまいました。稽古始まりが待ちきれなく、見取り稽古にいくと”もう入門したのだから”と稽古のお誘い・・。
本当に数えるほどの稽古の回数でしたが、ここの道場がすごく好きになりました。
また、伊師先生の”押忍”が聞こえそうな、笑顔が見れそうな・・・。
根性なしの私の、空手への背中を押してくれた先生に感謝です!!押忍!

お悔やみ申し上げます。     あつし
28/Nov/2007 17:51

押忍。伊師先生。昨日、知人から、知らせがあり、突然の訃報に大変驚いています。信じられません。まだ、いろいろなことを、思い出して、なかなか言葉が見当たらず、混乱しています・・・本部にも問い合わせましたが、結局ここにたどり着きました。
3年ほど前に、こちらに立ち寄られたときに、新極真会の道場生に「あつしによろしく」と言って、名刺を置いて行かれたそうで、
それから、数回メール交換させていただいた折に、「またいつか、一緒に稽古しようよ」とおっしゃられたのが最後でした。
私の場合、4年という短い間でしたが、伊師先生との思い出は、未だ、強烈に私の脳裏に焼きついていて、離れません。私の顔を見るたびに「あつし、スパーリングしようよ」とおっしゃられていたのが、まるで昨日のようです。電光石火の左右の中段回し蹴り、前蹴りのピンポイント攻撃、鞭のような上段回し蹴り、フェイントからの足刀横蹴り、重度の気管支炎ぜんそく、演武での大けが等。数々の試練、苦難に立たされながらも、そのつど、不屈の闘志で這い上がられた極真職人のその技は、いつも冴えわたっておられました。とても見よう見真似で、できるものではありませんでした。 一度は、ローキックを外モモにあびせられ、次の日の朝起きると、内モモにあざができていたこともありました。「あつし、お前が、俺を超えることは絶対ないよ、なぜなら、俺も稽古するからね」、、時には、ぶっきらぼうに、時には、ユーモラスに、話してくださり、稽古ではとても厳しく、そして普段は優しかった・・・オーストラリアでの、伊師先生とお別れした時も、とても熱かったです・・・
私は、現在空手とは別の道を進んで、3年前も伊師先生にメールで書きましたが、次にお会いする機会があったときのために、少しずつ、自主稽古を再開したいと思います。「お、あつし、ひさびさに、スパーリングやろうよ、あれ!ぜんぜん変わってないじやないか、あ、さては稽古してないな」なんて言われそうですから・・・

謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。合掌。


すべて必然なんだよ     あきはま
28/Nov/2007 00:42

妊娠が発覚し、休会しようか退会しようか迷っていた私に
「じゃ、退会ですね」とあっさり言ってくれた伊師師範。
「はっ、はい・・・」と答え、ちょっと寂しそうに後ろ髪を引かれながら退会届を提出する私に、

「人生に偶然はないんだよ、すべて必然なんだよ。偶然だと思っているかもしれないけど、それはすべて必然で起こっているんだ。ここに来たのも、今このタイミングで子供ができたのも全て必然だよ。」

それ以降の生活においても、迷う心をいつも前向きにしてくれる言葉でした。

あっ、先日の「お別れの会」の帰りで不思議な感覚があったんです。
献花のあと早々に帰宅しなければいけなかったのですが、
事実を受け止めたくないのと、受け止めなきゃいけないと思う気持ちが混同し、涙が止まらないまま、総本部の階段を上りはじめました。
ちょうど上り切ったあたりで、
「さぁ、次々、次のステップだよ、もうすぐ明日が始まるよ」みたいな、不思議な感覚に包まれてピタッと涙が止まったんです。
他の方も、こんな感覚無かったですか?

涙まで止めてしまうなんで、凄いです、伊師師範!


「押忍」という言葉     藤井ファミリー
27/Nov/2007 23:42

ななか母です。
伊藤先生、書き込み読みました。

なんだか、読みながら、またまた、
師範の優しさを感じてしまいました。
と、同時に、
師範のその手にやられてしまったのは、
我が家だけではなかったのだなぁと、
微笑ましくなってしまいました。

「押忍」。
この言葉の意味を知りたくて、
入門当時、私は、伊師師範に
「押忍とは、どういう意味なのですか?」
と聞いた事があります。

その時、一生懸命、
その意味を話をしてくれた師範の顔を、
伊藤先生の書き込みをみながら、
思い返していました。

でも、
ななかを初めて試合に出すと決めた時、
私達家族は、びっくりしたものの、
迷いもなく「押忍」という答えを出し、
そう導いてくれた伊師師範に、
感謝の気持ちでいっぱいです。

でも、師範に上手くのせられた事は、
間違えありませんけれど!

「シゲコ、シゲコこれどう?」     シゲコ
27/Nov/2007 21:29

はじめはそんなに乗り気じゃないのかな?という感触だった総本部HP。
特に総本部ネットワークを始める時はかなり慎重でしたね。

だけどはじめてみたら止まらないネタの嵐。開始初期の更新履歴、すごいことになってますよ(笑)。
師範の思いつきで私はだいぶスキルアップさせられました。
はじめは空手道場(しかも総本部)のHPなのにこんなに楽しい感じでいいのかな?とも思うこともありましたが、どんどん師範色に染まっていったHP。私もだんだん「この感じでなければ」と思うようになりました。

うちに師範からいただいた素材、沢山眠っているんです。
日々堀かえして色々な師範を探しています。
そうしているとなんだかそのうち師範から新ネタのメールが届きそうな気がしてきます。

みなさま、上の師範PHOTOまだまだ増えますのでお楽しみに。


間違えではないと思います。     伊藤
27/Nov/2007 17:44

ななかちゃんのお母さん。多分師範は間違えたのではないと思います。よくある手です。
師範や先生に何か言われたら我々の返事は押忍しかないのです。押忍は限りなくYesに近く、それ以上でもあるのです。しかし最近は押忍ではなく、無理です、と答える人が増えていますので、師範はそんな手を使います。提案が重くならないように気を遣って下さっているとも言えるのですが・・。

自分も茶帯の頃師範に「今度日曜クラスを作るので昇段審査を受ける迄の3ヶ月指導をしてみませんか」と言われ押忍の即答で答えましたが、その後3年間やってました。一年ほど経った頃「師範そろそろ日曜クラスも一年経ちます」というと「そうですね、順調ですね。」と笑顔で返されました。その頃子供も生まれ仕事もっけっこう忙しかったのですが、それ以上言うのは諦めました。

だから師範が休むだけ休んだらひょっこり帰ってくるような気がしてならないんです。帰ってきたときに、あぁその為に休んでたんですね、と合点がいく理由がわかるような気がして。
師範私はまだ疑ってます。だまされませんよ。



娘の初めての試合     藤井ファミリー
26/Nov/2007 21:45

今年の6月から空手を習い始めた娘。
私と主人も一緒に習い始め、
伊師師範のクラスで練習していたある日。

「ななかを埼玉交流試合に出しましょうよ!」と、私達夫婦に言った、伊師師範。

「えー!まだ習い始めて2ヶ月たってないですよ!」と、びっくりする私達夫婦。

「大丈夫ですよ。一年生の女の子なら、
一つ下の幼年の部に出場できますから!」
と、伊師師範。

それならという事で、初めての試合が決まりました。

なのになのに、師範、間違ってましたよね!「幼年の部」になど出られず、
おもいっきり「一年生の部」でしたよね!

なんだか、師範の、ほのぼのさを感じてしまった瞬間でした。


そして、私が、よく
「奈々香の先輩達が、皆、強く優しく接してくれて、親としてとても嬉しい。」
と、話すと、
いつも、伊師師範は、
「先輩として、下の子の面倒を見るのは当たり前です。そうあってほしいです。」
と、おしゃっていましたよね。

今回の関東交流試合でも、
ななかの先輩達やご家族の方が、
一生懸命応援してくれました。
涙が出そうでした。

師範の思いは、きちんと届いていると思います。

そして、いつか、私達家族三人も、
そんな「先輩」になりたいと思いました。

うめえなもう     まいこ
25/Nov/2007 20:54

あれは私が総本部道場に移籍して間もない去年の冬のことだったと思います。
レディースクラスの後でした。
事務所にて、みんなでお喋りをして、ビールを飲みながらお蝶婦人の煮込みを食べていたと思います。
先生がいつもの笑顔でふと
「幸せ(^^)♪」
と、おっしゃっているのを見て、私は伊師先生と総本部道場が急激に好きになりました。
伊師先生はもしかして癒し系だったんでしょうか? 
道場→ぬくぬく (イメージ)
もちろん稽古は大変なときもありますが。
また一緒に煮込みが食べたいです。いつかはそんな日が来ますよねー。


師範へ     武田浩樹
24/Nov/2007 01:35

今日、自主トレで道場に行きましたが師範がヒョッコリ何事も無かったかの様に現れそうな気がして…それ位まだ受け止められません。師範はよく一人で残って自主トレしている自分にビールやチューハイをくれましたね!自分はそんなにノンベでしたか?なんて師範の写真を見て思いふけてしまいました…道場には師範の道衣や連盟の背広が飾られてました、あまり稽古に来ない道場生も伊師師範の思い出の品を見に来て下さい!押忍

家族そろっての入門     藤井ファミリー
22/Nov/2007 18:04

今日は体験入門おねがいします!
娘が自ら空手をはじめたいと言い出したので総本部の門をくぐったのが今年の6月。
その体験に家族そろって行きました。
体験が終わってから師範にななかの入門を伝えて書類をくれたときに
あの〜・・・ 実は 3人分ください・・・
えっ???
と言って素敵なつぶらな瞳を見開いていました。
どうやら家族そろっての入門は今までなかったらしくびっくりされたそうです。
娘は今度の関東交流で2回目の試合出場。
埼玉交流では初勝利も挙げました。
それに比べて私たち夫婦はというと・・・

入門時に3人で黒帯取るようにがんばりなさい。と師範に言われたことを何年かかっても実現できるように日々精進します。
師範、毎日ストレッチがんばってますよ。

そんなにこだわるか・・・     伊藤直克
22/Nov/2007 17:04

伊師師範が日本に戻られて暫くして総本部の指導を始めた頃。当時、私はオレンジ帯でした。よろしく御願いしますと、当たり前ですが、他人行儀にご挨拶しました。それはもう、よそよそしいというかいわゆる大人の挨拶だったんです。雑談の中で同じ年齢だと判ると、アレッ?と言う表情になりました。師範の中で何か疑問が生まれたんでしょう。それ以来事ある毎に、例えば新しい入門者が来るたびに、出稽古生が来るたびに、自分が事務局へ顔を出すたびに「自分と、伊藤さんどっちが年上に見えます?」と悪戯っ子のような表情に目だけ真剣な面持ちで、相手が答えるまで訊いていました。訊かれた方は特別な威圧感を感じていたに違いありません。「師範の方が若く見えます。」と答えると「本当ですか?自分に気を遣ってませんか〜っ?」と嬉しそうに笑いながら、更に念を押していました。7年の間に何十回と繰り返されたやりとりです。いや、何百回かもしれません。
でも師範、五十歩百歩ですよ。

初めての試合     少年部 りょう
21/Nov/2007 21:50

今年の3月、初めて出場した埼玉交流戦で、遼はかなりテンパッテいましたが、師範に大変気にかけていただきました。
また、毎回道場に行くとホッペをキュウして遼の反応を調べていた師範でしたが、遼が笑うと反応したと師範が喜んでいました。